忍者ブログ
そうしていつか見上げた空が、青く澄んでいると願って。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

「えーっと、枝折先輩」
 このままでは埒が明かないと思ったのだろうか、茜くんが控えめに手を上げ、自己主張をしてから、
「いいッスか、お菓子の袋は一つも開いてないッスよね」
「はい。そうですよ」
「つまり!」
 真奈ちゃんがぴっと指を立てた。
「お菓子は盗まれてなんかないってことです」
「それが意味するところは一つ」
「な、なんでしょう?」
 …なんか、下手な探偵モノの流れになってないか。
 白けた目で見ているのは、あたしと…あと、梶木先輩か。冬夜はよくわからない。いつものように無表情だ。面白がっているのは、くすくすと笑っているイオリと、によによと笑っている夏夜先生。…うん、ちょっと擬態語が違うだけで、印象ってだいぶ変わるんだね。
 あとは――――あ。
 あたしがこそこそとこの場を去ろうとしているその後ろ姿を見つけたのと、
「「梶木先輩(さん)が嘘を吐いてる!」」
 茜くんと真奈ちゃんが口を揃えて“真実”を示してみせたのは、同時だった。
「ちょっ…なんで逃げてるんですか馬鹿副部長!」
「事件ってのは普通、犯人がハイソウデスワタシガヤリマシタって簡単に白状してメデタシメデタシ、なんてならないだろ! 逃げてこその犯人だ! それでこそ犯人の中の犯人だ!」
 そういうのは、単に往生際が悪いだけって言わないか? 大体、犯人の中の犯人になって、嬉しいのだろうか。あたしだったら、むしろ願い下げって感じなんだけど。
「そうだな」
 しかし意外にもその言葉に同意した人物がいた。
「そういうのは総じて、その後簡単に組み伏せられて捕らえられるわけだが、」
 お前はどうされたい?
 にっこり、と超絶笑顔で笑う逆井先輩(これアレだ。お説教モードだ)は、いつの間にか…本当にいつの間にか、逃げる梶木先輩の進路方向にどっしりと構えていた。後ろに妙なオーラを背負っている。先程の琴架先輩とは違う意味で、逆らってはいけない気がひしひしとする。
 それは梶木先輩にもさすがに伝わっていたらしい。顔面蒼白で固まってる。本当にこの人は逆井先輩に対して弱いな、と思う。弱いんだから、最初から逆らわなければいいのに、とも思う。そういう意味――つまり、逆井先輩を怒らせるという意味においては、梶木先輩はまさに“天才”なのかもしれない。言い換えれば、自分の首を絞めることに関しては最大級に上手い、となるのか。
「こ、こと…」
「枝折、言いたいことがあるなら、今のうちに言っておけ」
 梶木先輩の言葉を遮って、逆井先輩は笑顔のまま、琴架先輩を促した。
「え? あ、はい。さっきはすみませんでした。盗ってないのに、盗ったなんて言ってしまって」
「…それは誰に対して言っているんだ」
「叶一君ですけど…?」
 逆井先輩の笑顔が崩れ、いつもの呆れたような顔つきになる。どうやら“言いたいことがあるなら言っておけ”の対象が逆井先輩だと勘違いしたようだ。たしかに主語は無かったけれど、流れ的にわかってほしいところではある。
「俺じゃなくて、こっちだ」
 ちなみに、この機に逃げようとしていた梶木先輩は、めでたく一瞬で捕まり、首根っこを引き摺るようにして持たれている。体勢的に辛そうであるが、同情の余地は無い。
 梶木先輩は、何か(それがなんであるかは、説明するまでも無いだろう)を訴えかけるように琴架先輩を見ているが、それが伝わるくらいだったら、さっきの言葉が意味するところだって難なく伝わっているはずである。
「え~っと…鎮君! 嘘を吐いたらめっ、なんですよ?」
 案の定、伝わってない。
 がっくり項垂れる梶木先輩を、そのまま逆井先輩が引き摺っていき、校舎の角を曲がって二人の姿が見えなくなったところで、悲鳴が響き渡った。普通に「ギャーーーーッ!!」っていう叫びだったり、「ギブアップギブアップギブギブギブギブ…ッ」というひたすら降参を訴えるものだったりしたけど………あれ、何が起こってるんだろうか。
(や、でも、知らない方が幸せって言葉もあるし)
 ここはやはり、敢えて気にしないのが賢い選択だろう。
 悲鳴をバックに、ああなんて平和なんでしょう、と心の中で呟く。
「で、どーします? お菓子とジュース」
 イオリが、机の上に大量に残っているそれぞれを指差した。確かに、梶木先輩と逆井先輩が抜けた状態でこれを食べ切るのは辛い。それに発案者がいなくなった今、それを無理に続ける必要は無い。
 ただこの量をまた運び出す、というのも結構な苦労だ。それならせめて量を減らしてからの方が楽だろう。先生…特に生徒指導の先生なんかに見つかったらアレだが、見回りが来るのは相当後だろうし、とりあえず、こっちにも先生(一応)はいるし。
 でも大丈夫かな、と不安を募らせながら夏夜先生を見ると、口がもごもご動いている。まさかと思い手元を見ると、開いていなかったはずの菓子の袋が開いている。い、いつの間に…!
 あたしが夏夜先生に(正確には夏夜先生がやっていることに)気付いたのと、他のメンバーがそれに気付いたのは、どうやらほぼ同時だったらしい。視線が夏夜先生に集中した。
 やけに静かだと思っていたが、もしかして、その時既に菓子を物色し、手を付け始めていたのだろうか。
「ん、どうしたお前ら。食べないのか?」
 ニッと笑った夏夜先生に、脱力した。
「ふっ…ふふ…」
 と同時に、わけのわからない笑いが込み上げてくる。
 なんだ。なんか、見つかったらどうしようとか、あれこれ考えてるこっちが馬鹿みたいだ。
「………利央?」
「食べれば…いいんでしょ?」
「…おい、目が据わってるぞ」
 机の上の菓子の袋を引っ掴んで、開く。その中身を摘まんで、口に放り込んだ。袋はそのまま机に置いておく。独占するっていうのは、みんなでパーティー、という趣旨から外れるしね。
「じゃ、私も食べよっと」
 イオリがすうっと手を出して、開けた袋から菓子を二、三個取っていく。
 一年生二人も顔を見合わすと、それぞれ自分の好みの物を手に取る。
 チョコレートがトッピングしてあるクッキーを頬張りながら、さて次は何を食べようかと悩んでいると、がしっと腕を掴まれた。一瞬見回りの先生かと思って心臓が飛び上がったが、
「………なんだ、冬夜か」
「悪かったな」
「別に悪くないよ」
 いつものようにあまり温度の無い会話を交わす。ふと彼の手に何の菓子も握られていないことに気付いた。
「食べないの?」
 その質問に、冬夜は何も答えなかった。いつもは訊けばすぐに答えが返ってくるのに、珍しい。
「………明日」
「なに? 明日食べるの?…土曜日だけど、明日」
「違う」
 どこが違うのか。訝しげに眉を寄せたあたしに、冬夜はいつもの無表情のまま、首を横に振る。
「明日の朝三時に、家出て」
「は?」
「動き易い服装で。持ち物は、…一応合羽と折り畳みの傘、な」
「え、ちょっと…」
「普通の鞄より、リュックの方が好都合だから」
「だから、ちょっと待っ…」
「これ、貰っていいか?」
 返事をするより早く、あたしの持っていたクッキーは、冬夜の口の中に消えていった。
 …というか、かなり無理やり話を打ち切られたような。絶対、気のせいなんかじゃない。
「とう、」
 呼び止めようとした時には、既に彼は机の方へと向かっていた。
 なんだというんだ、いったい。

←BACK   MENU  NEXT→
  

PR
<< 前のページ HOME 次のページ >>
[1]  [2]  [3]  [4]  [5]  [6]  [7]  [8]  [9]  [10
登場人物

++ 近江利央(オウミ・リオ) ++
 青い空を見るのが夢。面倒臭がり屋だが、苦労性。

++ 久遠イオリ(クオン・イオリ) ++
 利央の幼馴染兼親友。小一からずっと同じクラスという仲(利央曰く、腐れ縁)。面白いことが好き。

++ 加嶋夏夜(カシマ・カヨ) ++
 写真部顧問。男勝りな性格。部室である資料室を占拠している本やら何やらは、大半がこの人の私物。

++ 加嶋冬夜(カシマ・トウヤ) ++
 夏夜の弟で、転校生。空色の瞳を持つ。

プロフィール
HN:
岩月クロ
HP:
性別:
女性
ブログ内検索

Copyight© ∴空を見上げて All Rights Reserved.
Designed by who7s. Photo by *05 free photo.
忍者ブログ [PR]