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そうしていつか見上げた空が、青く澄んでいると願って。
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「ぅわっ」
「っ、と」
 足場が悪い、というのは本当だった。
 足を取られて転びかけたあたしを、冬夜が慌てて手を引っ張り、引き起こす。危なかった。これで何度目だ。
 整備されていない道というのは、本当に歩き難い。草が足に絡まるわ、時々木の根っこが出っ張っているわ…。それにプラス、ちょっとした坂道が続いているから、というのもある。
「あ、ありがと…」
 安堵のため息と共に、感謝の言葉を告げる。
「ん」
 ぶっきらぼうに返されたが、別にいちいち面倒だと思われているようでないことは、その声色から想像できる。それくらいの信頼関係は積んでいるつもりだ。
「もう少しだから、我慢して」
 ともすれば突き放すようにも聞こえる言葉には、申し訳ないというオーラがひしひしと伝わってくるので、苛立たない。たしかに彼は口下手なところもあるかもしれないが、それは何を考えているのかわからないというのとイコールでは繋がらない。もちろん、わからないことだってある。でもそれは、なにも冬夜に限ったことではない。
 ああ、でも初対面の時は、彼のこと、ぶっきらぼうで嫌なやつっぽい。とか思ったのだったか。そうそう離れたことでもないのに、遠い昔のように感じる。
「冬夜ってさ」
 不意に、前々から気になっていたことを口に出してみたのは、きっとそんなことを思い出したからだ。
「どうして転校してきたの?」
 彼は一瞬だけこちらに目を向けたが、すぐにそれは元のように、懐中電灯が照らす先と、それから自分たちの足元への注意へと戻る。だが、聞いていないというわけではないだろうし、答える気が無いのならそうと言う人だ。何も言わないということは、訊いてもいいと判断して問題ないだろう。
「あの時期っていうのも、なかなか珍しいよね」
 彼は無言だ。考えているのだろうか。それとも、本当は訊いてはいけないことだった? 読み違えたつもりは、無いのだけれど。
「俺さ」
 ゆっくりと、喋る。それが、彼のいつもの喋り方だ。
「小さい頃――だから、つまり、小学生の低学年くらいの頃だな。その歳までは、こっちに住んでたんだよ」
「へえ、そうなんだ」
 じゃあ、高校に入ってからここに――水の都に戻ってきた、ということになるのだろうか。それにしては、傘や合羽を忘れたりとしていたけれど。
「なんで引っ越したの?」
「親の転勤の関係。今回もそう。さすがに海を越えた向こう側までついていくのは勘弁だったから」
 冬夜の――ひいては夏夜先生の両親は、結構あちらこちら飛び回るような職に就いているらしい。もしかしたら彼女のあのフットワークの軽さというか、自由奔放な性格というか、そういうものは親譲りなのかもしれないな、と考える。冬夜も、ぱっと見ではわからないが、そんな一面があるように感じる。例えば、今回のこととか。
「俺はその土地で一人暮らしする予定だったんだけど、親父たちが心配してさ。姉貴のとこに厄介になる形で、こっちに転校してきた」
「抵抗とか、なかったの?」
 小学校低学年から、というのが正確にいつのことなのかはわからない。だが、大きくなってからの転校の方が抵抗感が強まるのは事実だろう。小さいうちなら、友達だって割かしすぐにできやすい。でも、成長するにつれて、ある限られたグループやらに固定されてきて、そこのどれかに入るというのは、なかなか難しいことだ。かくいうあたしだって、結構限られた中で生活している。別に自分のいるグループ以外の人たちと仲が悪いとか、そういうことを言っているのではない。むしろ良い方だろう。普通に話せるし、普通に笑える。でも、違う。そういうもんだ。
 ―――とはいえ、今の彼の生活を見るに、特別そういう問題に巻き込まれている風ではないが。あたしたちとも仲が良いし、ハギさんたちのグループにも、難なく馴染んでいるし。それも親から譲り受けたものなのか、はたまた彼自身の性格か。
 どちらにせよ、それはただの結果から見たことである。事前の不安は、やっぱりあるだろう。なにせ、それまでの生活が一変するのだから。
 あたしだったらできるだろうか。
(―――できたら、“ここ”に留まり続けてなんか、ない、か…)
 ふ、と自嘲気味に笑えば、それを知ってか知らずか、冬夜が「あるにはあったけど」と答えた。
「なんとかなるだろ、って考えてた。なんとかならなくても、その時はその時だし」
「そういう考え方は、冬夜っぽいね」
 諦観、ではなくて。受け入れて次に進むことができる、強さ、のようなものだ。あたしは持ってない。持てたらいいとは思うけど、思うだけで手に入れられるようなものだったら、誰だって苦労しない。彼の場合は、幼少時に一度転校を経験しているというのもあるのだろう。もしかしたら、一度だけではないのかもしれないけれど。なにせ、彼の両親は多忙そうであるので。
 と、そんなことを考えていたら、再び足を取られた。危ない。また冬夜に助けられる。
「あ、ありがと」
 さすがに恥ずかしくなって、声が上擦る。今回のこれは、完璧にあたしの不注意だ。余計なことを考えて歩くもんではないことは、ちゃんとわかっていたはずなのに。―――そう、わかっていたはずなのに、間違える。それがあたしだ。
 しっかり自分の足で立ち上がって、けれど冬夜はあたしの腕を掴む力を緩めない。
「…冬夜?」
 名を呼べば、一瞬力が緩み、だがすぐにまた、いっそう強く、力がこもる。
「俺は」
 力のある声だ。
「俺の考えは、単に執着していないだけだから」
 でも、何が言いたいのか、わからない。
「ただそれは俺がそうしてないってだけで、…俺は自分がそう考えることを、別に間違ってるとかは思ってないけど、でも」
 ゆっくり、ゆっくり、言葉を慎重に選んで、彼は続ける。
 次第に輪郭を持ち始める話の終着が見えた気がしたが、最後までその継ぎ接ぎだらけの不器用な言葉を聞いてみたくなって、あたしは黙った。
「何か、これでもかってくらい大切にできるもんとか、執着見せれるもんを持ってるってのも、すごく良いと思う」
 静かに続く言葉は、やっぱり力があって、だというのに、無駄に力んだ調子が無い。
「だけど…その所為で前にも後ろにも進めなくなってるのは、単に弱いだけってことだよ」
「そうか? 俺はてっきり、休んでるだけなんだと思ってた」
 大真面目な顔でそんなことを言う冬夜に、一瞬呆気に取られ、それから思わず噴出した。なんだ、それ。真面目な顔して言ってると、フォローしてくれているのか、それとも本心からそう言っているのか、よくわらかない。どちらにせよ、感謝はするけれど。
「ありがとね」
「何が?」
「何がって、そりゃ…―――何がだろ」
 本当はわかっていたけれど。
 でも、わからないふりくらい、してもいいでしょ? お互い様だし。
 それでも思わず笑みを零せば、それを合図とばかりに、顔に光が差し込んだ。予期せぬ眩しさに顔を顰めて、「何?」と答えを期待しない言葉を吐き出せば、しかし冬夜がそれに答えた。
「ああ、言い忘れてた」
 いつもよりも感情が響く、誇らしげな声。
「ここが目的地。俺がお前に見せたかったのは、あれ」
 そう言って、掴まれた腕をそのまま引っ張られる、よろけながらも踏ん張り、冬夜の横に並ぶ。文句を言おうと彼の顔を見上げたが、その視線の先はあたしではなかった。
 つられてそちらを向き、―――息を呑んだ。

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登場人物

++ 近江利央(オウミ・リオ) ++
 青い空を見るのが夢。面倒臭がり屋だが、苦労性。

++ 久遠イオリ(クオン・イオリ) ++
 利央の幼馴染兼親友。小一からずっと同じクラスという仲(利央曰く、腐れ縁)。面白いことが好き。

++ 加嶋夏夜(カシマ・カヨ) ++
 写真部顧問。男勝りな性格。部室である資料室を占拠している本やら何やらは、大半がこの人の私物。

++ 加嶋冬夜(カシマ・トウヤ) ++
 夏夜の弟で、転校生。空色の瞳を持つ。

プロフィール
HN:
岩月クロ
HP:
性別:
女性
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