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そうしていつか見上げた空が、青く澄んでいると願って。
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 ガララッと、いつものようにドアを開ける。
 今日は後ろに二人がいない。ちょっとした用事……っていうか、単にジュースが飲みたかっただけなんだけど。売店が遠回りしなくちゃいけないところだったから、先に行ってもらっていた。
 だから、つまり資料室には当然先に着いているはずである。はずなのなら、頼むからあたしが来る前にこれ、止めて欲しかった。イオリはしょうがないとして、冬夜。この人まで相手にしてたらあたしが持たないから、身内のことは身内でどうにかしてよ。と、言いたいんだけど………言っといた方が良かったか? これまで言わなかったことを少し後悔。
 そんな思いを押し込めて、なるべく静かに、問う。
「…また…今度は……何、やってるんです?」
 久し振りに、頭痛がした。
 気のせいだろうか。ここへ入る時の台詞は、「失礼します」という至極普通のものよりも、こういった類のものの方が多い気がする。
 多くなくて良いんだけどね、全然。むしろそっちの方が嬉しいんだけど……嬉しいのに、なんだってこう…言わざるを得ない状況を作ってくれるんだろうね、ここの部の人(一部)は!
「いや、掃除…しよっかな~! なんてな~!」
 あははははっ、と引き攣り顔で笑う夏夜先生に、はあっと大きくため息を吐いた。
「夏夜先生、あのですね、その心意気はとても嬉しいんですが、あなたの掃除は逆に汚すことになるので、頼みますからあなたはまずこれ以上汚さないという意識を確り持ってください。むしろそっちを重点的にお願いします。―――わかりますよね、あたしの言ってること」
「…はい」
 珍しく素直に頷いた夏夜先生の姿に、けれどいつもがいつもだから「ほんとかなあ…?」と疑問が浮かんでしまった。浮かんだことに、またため息。これって教師と生徒のあるべき姿から掛け離れているような気がする。せめて逆じゃないか? うん、せめて。教師じゃなくて、某先輩にも言えるんだけど。
 資料室を見回す。どうやらそこまで酷くはないようだ。…いや、元々酷いんだけど。
「もう良いですから。今持ってるそれ貸してくださ――――ってこれなんですか」
 これ以上変なところに物を置かれてはたまらない。とりあえず持っている資料を受け取ろうとして、机の上に無造作に置かれた例のブツが目に入った。いつだったかもあたしを苦しめた、ソレ。
「え、なにって………クラッカーだけど」
 馬鹿だなあ、そんなこともわかんないのか。と笑う夏夜先生を相手にして、思わずいつもの調子で叫んだ。
「見ればわかりますよ! あたしが言いたいのは、なんでこれがまたここにあるかってことです!」
「え、クラッカーで鳴らす以外で何か用途が?」
「そういうことじゃないですってば! 大体っ、写真部の活動のどこにクラッカーが必要なんですか!」
「それをいうならコーヒーだって必要ないだろ」
「コーヒーは良いんです、コーヒーは! 飲むから! ちゃんとここにある意味があるでしょう、とりあえず!」
 まあ確かに、あることはおかしいんだけど。
 こういう時だけ正論を述べてくるのは止めて欲しい……。
「これだってあたしが鳴らすっていう理由があるぞ!」
「鳴らすなっ! ていうか鳴らす気だったんですか!?」
「じゃなきゃ持ってきてないだろ~?」
「なんでそんな自慢げに………」
 途中からなんかもう叫ぶのも疲れてきて、はあ…とあたしはこの部屋に入って何度目かのため息を吐く。
「とにかくこれは持ち帰って今後一切ここに持ち込まないでください、ね!?」
「えー」
 なんでそんな不満げな声?
 半眼で睨んでいると、ふっと夏夜先生がこちらを見た。その瞳に真剣な光があって、
「…………どうかしました?」
「いや、」
 くす、と夏夜先生は笑うと(いつものような悪戯っ子のようなソレではなく、何故かひどく柔らかかった)、ぽんと人の頭に手を乗せ、撫でる。
(何がしたいんだ、この人………)
 わけがわからない。
 そう思いながらも、嬉しそうに笑っている夏夜先生の手を振り払うことは、何故だか出来なくて。結局、されるがままの状態で、暫く停止。まあ、暴れられるよりかは良いか。
 そのまま放っていると、すう、と顔を寄せられ、耳元で小さく囁かれた。
「“今度は”沈んでないみたいだな」
 その言葉に、何が含まれているのかすぐに悟り、カッと顔に熱が集まる。
「…………おかげさまで」
 半眼になって、苦し紛れにそんな言葉を返す。
「アタシは何もしてない。さっきのも、別に嫌味で言ったんじゃないから、素直に喜んどけ」
「はあ……」
「でももし沈むなら、一人で沈むのはダメだぞ、利央~?」
「…考えときます」
 適当な返事をしてしまったのは、夏夜先生の言っていることが理解出来なかったからでも何でもなく、ただ単に気恥ずかしかったからだ。
 なんだかなあ、と思う。いつもは子供子供しているのに、なんだってこういう時にそういうことを言うかな、この人は。なんだか納得いかない。むう、と眉を寄せていると、夏夜先生はいつもと同じ悪戯っ子のような笑みを浮かべて、ぽんぽんとまたあたしの頭を叩くと、
「そんじゃ皆で外行くかーっ」
「は…? 外、ですか?」
 一体何がしたいんだこの人は。
 と、答えを求めるべくその弟の方に目を向けてみるが、長い付き合いといえど、やはりその突拍子の無い思考回路についていけるほどではないらしく、その仏頂面を更に顰めて、実姉を睨んでいる。
「えーっと…ミーティングは?」
「それに皆といっても、私たち以外の人間がまだ来ていないんですが」
 その『私たち』というのは、二年生と顧問、という意味だ。一年と三年が不在。それで『皆』というのは流石におかしいだろう。
 揃って首を傾げると、ああそういえば言い忘れてたけど、と夏夜先生はぽんと手を打つ動作をしてみせ、
「他の奴らはもう外出て待ってるから」
 ……………は?
 え、何……“待つ”?
「聞いて、ないんですけど…」
「言ってないからな!」
 はっはっはっ、と豪快に笑う夏夜先生に、頭が痛くなって、米神を押さえた。
 ていうか、それじゃなんであなたは掃除を始めようとしてたんですか。外出るのに。わけがわからない。いや、元々よくわからない人だったか、この人は。
 結局そういう結論に行き着いて、考えるのを止めた。深く考えたら深みに嵌って余計な精神的疲労が増えるだけだ。そういうことだけはこの一、二年で確り理解してしまった。…どうなんだろう、この高校生活。
「それで、行かなくて良いの?」
「え?」
「え、じゃなくて。待ってるんでしょう? 皆。何をするか知らないけど、それなら私たちも急いだ方が良いんじゃない?」
「そうだな。待たせるのも悪いし」
 その言葉に思い出す。そうだった。早く行かなくてはいけないんだった。短時間でこうも綺麗に忘れるなんて…。
「まあ文句言われたらそん時はそん時だろー。資料室が散らかってたから片付けてたら遅れましたとでも言っておけば良いさ」
「…………いつものことなんですけど、資料室が散らかってるのは」
 これでも精一杯片付けてるんですけどね! なんでか綺麗にならないんですよね!
 半眼になって夏夜先生を見れば、けれど本人はその視線にすら気付いていないらしい。クラッカーを持って一番に資料室を出て行く。その方が良い。少なくともあたしよりも先に出てくれた方が良い。――――ってなんでクラッカー!? そりゃ置いてかれても困るけど……。
 そうこうしている間に、イオリもその後に続く。
「まったく…」
 ぽつりと呟いた言葉は、冬夜の耳に届いたらしく、同じく部屋を出ようとしていた彼は、振り返って怪訝そうな顔をしてみせた。
「なんでもないよ」
「そうか?」
 …前から少し思って思っていたけど、冬夜は実は心配性なんじゃなかろうか。といっても仏頂面・無表情のどちらかだし、あまり押し付けがましいものでもないから、気にはならないが。むしろ心地良いくらいだ。
 ふっと、自然に頬が緩み、けれどすぐに引き締めた。思い出したからだ。“写真部が外に全員集合”? いや、“全員”は問題ではない。その全員の中にいる二名に限定される。
(あまり厄介なこと考えてないと良いけど、副部長と夏夜先生。……まあ、今回は最初から逆井先輩もいるし、そこまで変なことにはならないと思うけど)
 多少楽観しながら、あたしは部屋を後にした。

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登場人物

++ 近江利央(オウミ・リオ) ++
 青い空を見るのが夢。面倒臭がり屋だが、苦労性。

++ 久遠イオリ(クオン・イオリ) ++
 利央の幼馴染兼親友。小一からずっと同じクラスという仲(利央曰く、腐れ縁)。面白いことが好き。

++ 加嶋夏夜(カシマ・カヨ) ++
 写真部顧問。男勝りな性格。部室である資料室を占拠している本やら何やらは、大半がこの人の私物。

++ 加嶋冬夜(カシマ・トウヤ) ++
 夏夜の弟で、転校生。空色の瞳を持つ。

プロフィール
HN:
岩月クロ
HP:
性別:
女性
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