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そうしていつか見上げた空が、青く澄んでいると願って。
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 それにしても、朝三時って。
 ちょっと早い、どころじゃない。かなりだ。異常なまでな早さ。なんだってそんな時間に呼びつけられなくちゃならないのか。
 そんな風にぶつくさ文句を言いながらも、あたしはきっちり三時に家を出た。穿き慣れたジーパンにTシャツ、それに少し厚手のパーカーを羽織り、鞄に合羽と折り畳み傘を入れたリュックを肩に掛けて。
 やっぱり朝は少し冷え込む。これ、引っ張り出してきて正解だったな、とパーカーのポケットに手をつっこみながら思う。
 そのまま家の門を出て、
「はよ」
 塀に凭れかかって、冬夜が一人立っていた。肩にはリュック。あたしのよりも随分と重そうだ。いや、それより、いったいいつからそこにいたのだろう。まだ日が昇っていなくて暗いためよく見えないが、見間違いでなければ、鼻の頭が赤い気がする。
「お、はよ」
 目を丸くしながらも、なんとか挨拶を返した。
「じゃ、行くか」
 言うなり、すたすた歩き始めようとする。
「え、ちょっ…と、待ってよ!」
 思わず大声を出した後、まだ朝早くだという事実を思い出す。やばい、近所迷惑。慌てて口を押さえる。
 冬夜が立ち止まって振り返り「なに?」と不思議そうに訊く。いや、それはこっちの台詞だからね?
 ひとまず彼に追いつき、隣に並ぶ。そうすると彼はまた歩き始めたので、必然的に追いかけるように隣で歩く破目になる。…別に嫌ってわけじゃないけどさ。
「他の皆は?」
「いない」
「二人だけ?」
「そう」
 ますますわけがわからない。てっきり、写真部の皆でどこかに行くのかと思っていたから。
「どこ行くの?」
 その質問に、冬夜は黙り込んだ。やがて、ニッと、誰かを彷彿させるように、
「それは着いてからのお楽しみ、ってことで」
 笑った。

 空を見上げる。
 若干明らんできた空に、雲がぽつりぽつりと浮かんでいる。
 雨はまだ降っていない。でも、これはおかしくない。
 夜の《水の都》に、雨は降らない。夜の定義は、太陽が沈んでから再び昇ってくるまで、だ。どうしてそうなのかは、誰にもわからない。ただ、その事実だけを、皆が知っている。
「利央」
 冬夜の呼び掛けに、なに、と返す。
「上向いて歩いてると危ないぞ」
「あ、うん」
 どうやら心配してくれていたらしい。確かに、この暗い中、足元に注意せずに歩くと危ないだろう。寒くてポケットに手を入れているから、更に危ない。あたしは空を見上げるのを止めた。
 しかしどこまで行く気なのだろう。比較的ゆっくりなペースだから、今のところそこまで足に負担は掛かっていないが…。ひょっとして、その辺も考慮してくれているのだろうか。
 冬夜の横顔をちろりと盗み見たが、いつもの仏頂面であるため、何を考えているのかはよくわからない。特に会話があるわけでもない。それでも不思議と居心地の悪さを感じないのは、相手が冬夜だからだろう。…あ、イオリでも同じだな。他は、駄目だ。
「ここ」
 声につられて、立ち止まる。
「…って、ここ?」
「ああ、ここだ」
「…森なんだけど」
「知ってる」
 言いながら、冬夜はリュックをがさごそと弄(まさぐ)っている。やがて目的の物を取り出したのか、ジーッとチャックを閉める音。
 カチ、と軽い音が鳴って、刹那、その激しい眩しさに目を細め、顔を手で覆う。
「あ、悪ぃ」
 慌てた調子で冬夜が謝って、光があたしから離れた。…びっくりした。まだ目がチカチカする。冬夜の手元からは、未だに光が漏れている。懐中電灯だ。なるほど、スイッチを入れたら、その先にちょうどあたしの顔があったらしい。
「さて、入るか」
 入るって、森に? 思わず冬夜の顔を凝視する。本気か、と。当の本人はそんなあたしを見事なくらいにスルーして、こっちに手を伸ばした。
「え、なに?」
「………て」
 声が小さい。しかも、微妙に顔が逸れているから、余計に聞き取り難い。何、ともう一度訊ねる。
「手、出して。片手で良いから」
 先程よりも強い口調。なんだろう、と思いながらも、右手をポケットから出した。その手を、冬夜の左手が掴む。
「森の中、足場悪いから。一応保険、な?」
 …ああ。なるほど。納得。顔を逸らしたのは、つまりは照れていたらしい。自分でやっておきながら。
 今も照れているのか、微かに顔が赤い。それを見たら、何故かこっちまで顔が熱くなってきた。なにこれ。
 冬夜の手は冷たかった。あたしの手がポケットに入ってた分、温まってたってことなのかもしれないけど。でもだからって離す気にはならなくて――――ほ、保険だからね! うん!
 て、誰に弁解してるんだか。
 密かに笑ったあたしの顔に、冬夜は気付いていないようだった。

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登場人物

++ 近江利央(オウミ・リオ) ++
 青い空を見るのが夢。面倒臭がり屋だが、苦労性。

++ 久遠イオリ(クオン・イオリ) ++
 利央の幼馴染兼親友。小一からずっと同じクラスという仲(利央曰く、腐れ縁)。面白いことが好き。

++ 加嶋夏夜(カシマ・カヨ) ++
 写真部顧問。男勝りな性格。部室である資料室を占拠している本やら何やらは、大半がこの人の私物。

++ 加嶋冬夜(カシマ・トウヤ) ++
 夏夜の弟で、転校生。空色の瞳を持つ。

プロフィール
HN:
岩月クロ
HP:
性別:
女性
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