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そうしていつか見上げた空が、青く澄んでいると願って。
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「うげ、甘……」
「うー……もうちょっと甘い方が……」
 全く同じ物を食べて、全く正反対のことを言う二人に、周りは苦笑する。
 この二人はいつもこんな感じだ。もはや恒例行事とさえされる。
 そもそも辛党と甘党が同じ班になるからおかしなことになるのだ。まあ見てる方としては面白いから別に良いけれど。
「お前なぁ。これで十分だろ。十分に甘い。甘すぎる」
「それは和羽くんの舌がおかしいんだよ」
「うわ。それお前にだけは言われたくないなぁ」
 言いながら、茜は廊下を歩く人物に気付いた。何故授業中に、と思って時計を見れば、今はちょうど休みの時間だ。自分たちが二時間続けてだったので、つい忘れていた。ここにいるということは、移動教室だったのだろう。
 呼び止めるのは悪いと思いつつも、声を掛ける。
「近江先輩! 久遠先輩!」
「え、嘘。利央さんにイオリさん? わっ、ほんとだ」
 ぱっとその顔が華やぐ。そうして次の瞬間には、二人は同じ言葉を口にした。
「すみませんが、これちょっと食べてくれないッスか?」「先輩これ食べてみてくださいっ」
 なんだなんだ、と彼と彼女の先輩は顔を見合わせ、首を傾げる。
「柚川のやつ、甘さが足りないって言うんスよ。十分甘いッスよね、これ。むしろ甘すぎるくらい」
「そんなことないよ! もうちょっと甘い方が、絶対美味しいと思うんです。どう思いますか?」
 最初の言葉は茜への反論として、次の言葉は二人の先輩に向けて、放たれる。
 二人は顔を見合わせる。その顔には、若干の苦笑が浮かんでいた。ああ、またやっているのか、とでも言いたげなソレに、けれど対面する二人は気付かない。普段だったら少なくとも茜は気付くはずだ。が、どうも相方が真奈であると、そういった冷静さを欠いてしまうらしい。
「じゃあありがたく一個貰おうかな」
 利央がそういって手を伸ばすと、イオリも同じく、ひょいとそれを取った。
「どうですかっ?」
 真奈が身を乗り出して訊くと、その剣幕に若干気圧されたように顔を引き攣らせ、半歩身体を引きながら、答える。
「え、と。十分に美味しいと、思うよ?」
 ねえ? と利央が同意を求めるようにイオリを見れば、彼女は利央と違い、迫ってくる真奈をなんとも思っていないようで、マフィンを持っていない方の手を、気楽にひらひらと振ってみせる。
「うん。上出来上出来」
「じゃなくて、ですね」
 ぐ、と今度は茜が心持ち身体を前で出した。
「甘さです。甘さ」
「え…えぇと」
 なんとも答えづらい。一方だけを持ち上げてもアレだし。と利央は困ったようにイオリを見た。が、彼女は素知らぬ顔でマフィンを頬張っている。
「ちょ、ちょうど良い…んじゃない、かなっ?」
 視線を泳がせながらとりあえずそんなことを言ってみれば、茜は勝ち誇った顔で真奈を見た。
「ほら、近江先輩もそう言ってるだろ。ちょうどいいって」
「む…。で、でも和羽くんは『甘すぎる』って言ったんですよ! だから勝ちってわけじゃないの!」
「だけど、俺その前に『十分な甘さ』って言っただろ。それって『ちょうどいい』ってことじゃないかよ」
「違うよ!」
「違わないって!」
 ぎゃあぎゃあとまた始まった言い争いに、利央とイオリが顔を見合わせ、あーあ、という表情をした。普段は普通に仲が良いのに、なんだって味に関するとこうまで仲が悪くなるのか。
 さてどうしたものか。
 困った末に、あのさぁ、と声を掛けた。なんですかっ、と二人揃って怒った表情を向けてくるから、少し怖い。引き攣った顔を直そうともせず、利央は、つ、と人差し指を立て、
「もうその辺にしといたら? 二人の味覚は…その、対極? にあるようなものなんだからさ、意見が割れるのは、当然といえば当然なわけだし」
「そういうことね。いい加減頭冷やしなさい。片付けもあるんでしょ? サボる気?」
 言葉を選んでいる利央に対し、イオリはその言い争いにいい加減うんざりした様子で、ぴしゃりと言い切った。
「う…す、すみません」「ご、ごめんなさい…です」
 慌てて頭を下げる二人の姿に、利央は苦笑する。イオリは大概こういう言い争いを止めることはしないが、だから逆に止める時の容赦のない言葉が、ひどく響く。
 ま。とイオリの声色が柔らかいに変わった。
「美味しかったことは本当よ? ごちそうさま」
「ん。そうそう。ありがとね」
 そう言って、一応の収束を見せたその場を後にする。
 が。
「でもやっぱもっと甘い方が…」
「お前まだ掘り返すか!」
「だって~」
 後ろから聞こえてきた声に、顔を見合わせ、はあ、とため息を吐いたのは言うまでもない。

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登場人物

++ 近江利央(オウミ・リオ) ++
 青い空を見るのが夢。面倒臭がり屋だが、苦労性。

++ 久遠イオリ(クオン・イオリ) ++
 利央の幼馴染兼親友。小一からずっと同じクラスという仲(利央曰く、腐れ縁)。面白いことが好き。

++ 加嶋夏夜(カシマ・カヨ) ++
 写真部顧問。男勝りな性格。部室である資料室を占拠している本やら何やらは、大半がこの人の私物。

++ 加嶋冬夜(カシマ・トウヤ) ++
 夏夜の弟で、転校生。空色の瞳を持つ。

プロフィール
HN:
岩月クロ
HP:
性別:
女性
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