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そうしていつか見上げた空が、青く澄んでいると願って。
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「まあ…あれだ、正確にはまだ写真部に入ったわけじゃないんだな」
「そりゃそうでしょ」
 本人だって知らなかったくらいなのだから。
 あたしは呆れを込めてはあっとため息を吐いた。すると夏夜先生は、まあ待てって、と言うと本の山の上においてあった自分の鞄をガサコソとさばくると、目的の物を見つけたようで、それをビシッと前に突き出した。
 まるであれだ、某時代劇の、この紋所が目に入らぬか~、とかいうやつ。あれと似た感じ。弱い者を助けているというよりは、弱かろうが強かろうが全ての者を困らせている、といった方が良いのかもしれないが。
 ていうか、これ、なに?
 んんん、と目を凝らして、それを見る。上に、入部届とか書いてあるのか気のせいか? 名前の欄は空いているけれど、印鑑のところに、加嶋の判子があるんだけど、それはむしろ気のせいであって欲しい。
 ていうか、
「………これ、どういうこと、ですか…?」
 真奈ちゃんが恐る恐る、といったように訊いた。なにやら、嫌な予感がするようだ。あたしも、する。なにか、とてつもなく、嫌な予感が。
 案の定、夏夜先生はあの相手を不安(あるいは恐怖)のどん底に陥れるような、にいっとした笑みを浮かべて、
「ぶっちゃけるなら、冬夜の入部届だな」
「それをなんで姉貴が持ってんだ? しかも、判子まで押して。写真部とか書いてあるんだけど」
「まさかそれを勝手に出したとかいうんじゃ…!?」
 あんたそこまでやりますかッ!? さあっと顔を青くさせて(だってそれってすごくいけないことなんじゃ…)、まさかというように夏夜先生の顔を窺う。
 夏夜先生は、ははは、と笑った。それが余計に不安を煽る。
「まっさかぁ。いくらアタシでもそこまではやらないよ」
「で、ですよね…」
 ホッと胸を撫で下ろす。
 隣でイオリが、苦笑しながら、夏夜先生の後ろを指差す。
「その割には、梶木先輩の目が泳いでるんですけど」
 その言葉に、全員が一斉に梶木先輩に注目した。確かによく見れば冷や汗が伝っているし、視線が一定の場所に留まっていない。そんなことはないぞと否定する声も、震えているし。
「梶木先輩? あの、大丈夫ですか?」
「真奈ちゃん、アレは放置しといて問題ないから。――――夏夜先生…じゃ、それって…」
「まさか本気で、無断で出すつもりだったの、か…?」
「あははははは」
 笑って誤魔化すつもりか。
 しかしこのまま追及しても仕方が無さそうだ。叩けば叩くほど何かしら出てきそうだが、本当にきりが無いし。とりあえずあの紙をこのまま夏夜先生と梶木先輩に持たせたままというのは極めて危険だと判断し、引き攣り笑いをしている夏夜先生の手から抜き取る。案外簡単だった。手がクラッカーと偽装入部届で埋まった。…ヤだなあ。
「ていうか、それじゃ何のために加嶋冬夜をここに呼んだんです…?」
 半眼になって問い掛ける。これを無断で出すつもりだったというなら、何故わざわざあたしたちに彼を連れてこさせたのか。
「ん、いや、なあ。さすがにそれはダメかなあ、と思ってな。今後の活動において」
「だから名前だけは本人に書いてもらった方が良い、と」
 梶木先輩の言葉を引き継ぐように、夏夜先生がそう言う。ていうか、加嶋冬夜の意思は結局問題じゃないのか…? まず気にするべきはそこだと思うんだけれど。
「つか、なんでフルネーム?」
「なんとなく」
「あ、そ」
 会話終了。
「…あの、納得して良いんですか?」
「良いのよ。いっつもあんな感じだから」
「ああ…やっぱり仲良いんですね」
 あたしと彼のやり取りに、真奈ちゃんは小首を傾げ少しだけ困ったような顔をした。それにイオリが手をひらひらと振って、それを何故か曲解して真奈ちゃんは納得したようだ。本当、イオリといい…なんでそうなるかな。しかも、『やっぱり』って、何…?
「それで」
 ずいっと夏夜先生が顔を寄せてきた。うわっ、とあたしは距離を取るために、慌てて一、二歩後ろに下がる。それでもまだ近い。本当はもっと離れたかったのだけれど、足に本の山が当たったので、それ以上下がれなくなってしまった。
 夏夜先生はいつになく真面目な顔をしている。ただし、それがそのまま発言に出るとは限らないのがこの人のすごいところだ。
「っ、な、なんですか?」
 裏返りそうになるのを抑え、それだけ言う。
「うん。名前の欄、よろしく」
「―――って、なんでそれをあたしに言うんですか!?」
 貴女の弟はあたしじゃなくて、あたしの隣にいる人でしょうが!
「おお、そうか」
 はたと、夏夜先生は今ようやくそのことに気付いたというように、真面目な顔を崩した。本当にわかっていなかったのか、それともワザトなのかは定かではない。どっちなんだろう。どっちだって良いから、早く離れて欲しいというのが本音だけど。
 しかし当たり前だが、そんなあたしが心の中で思っていることなど、夏夜先生に届くわけがない。読心術を会得しているわけではなさそうだし。
 いや、ていうか、本当にいい加減に離れて欲しい。このちょっと後ろに沿ったような態勢は見た目以上にきつい。しかも、後ろは本の山だから、倒れるわけにもいかない。横にズレようにも、後ろの本がどんな状態なのかすら確認できないので、それも無理。
 夏夜先生でなくて良いから、誰か止めて欲しい。
 今度はその願いは通じたようで、がら、と資料室の扉が開いた。
 放課後ここに来るのなんて、写真部くらいだろう。お、と夏夜先生が声を上げて、少し身を引く。誰が来たのかは知らないが、助かった。ほっ、と息を吐いたところで、一言。
「何を、やってる…?」
 あ、それあたしが入って来た時と同じ反応だ。
 でも大概の人は、入ってきてまずそう思うだろうなあ。すっかり忘れていたけれど、夏夜先生と梶木先輩(写真部きってのトラブルメーカー)は未だ頭に奇妙な帽子を被ったままだし、クラッカーもいつでも発射オーライとばかりに、二人の手に握られていたし。…あ、違う。一つはあたしが持ってるんだった。………しまった。夏夜先生の取るの忘れてた。
 いや、しかし、問題はそこではなくて、いやそれも問題なんだけど、でもそうではなくて、だから、つまり、

 ………うん。
 これは完璧に写真部にあるまじき光景だな、と改めて認識。

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登場人物

++ 近江利央(オウミ・リオ) ++
 青い空を見るのが夢。面倒臭がり屋だが、苦労性。

++ 久遠イオリ(クオン・イオリ) ++
 利央の幼馴染兼親友。小一からずっと同じクラスという仲(利央曰く、腐れ縁)。面白いことが好き。

++ 加嶋夏夜(カシマ・カヨ) ++
 写真部顧問。男勝りな性格。部室である資料室を占拠している本やら何やらは、大半がこの人の私物。

++ 加嶋冬夜(カシマ・トウヤ) ++
 夏夜の弟で、転校生。空色の瞳を持つ。

プロフィール
HN:
岩月クロ
HP:
性別:
女性
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