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そうしていつか見上げた空が、青く澄んでいると願って。
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「…何、やってんですか」
 資料室のドアを開けて、初めて口にしたのがその言葉だった。というか、真っ先に頭に思い浮かんだのも、その言葉だ。むしろそれしか思い浮かばなかった。
 何故かクリスマスに被るようなあの無駄にキラキラした帽子を被って、手にはクラッカー。既に紐を握っていて、虎視眈々とそれを放つ機会を窺っている…ようにみえる。
 ていうか、それよりまず、今はクリスマスとはほど遠い季節で、しかもここは資料室なわけでありまして。………いや、そんな常識はこの人たちには通じないか。
「とにかく、それ鳴らしたら、承知しませんから」
 次に出てきたのは、その言葉だった。
「えー、なんでだよ」
 上級生という威厳なんて欠片もない声で、梶木先輩が不満げに口を尖がらせた。貴方がそれやったって全然全くこれっぽっちも可愛くないんですけどむしろ不気味なんですけど、と口にしたかったがなんとかそれを意地と執念で飲み込む。
「ここを掃除してるのあたしなんですよ? ここまで綺麗にするのにどれだけ苦労したと思ってるんです? ご丁寧に掃除したところを汚す輩も居る中で、あたし頑張ってるんですよ? それなのに、これ以上まだ汚すとかそんな馬鹿なこと抜かす気ですか、あんたら」
 にーっこり、と笑ってやる。が、目が笑っていないのは、誰の目から見ても明白だっただろう。
「や…でもな……これも大事な大事な」
「貴方の『大事』なんて碌なことじゃないですし、良いからとっとと何かを倒したり壊したりする前に部屋から出ろ」
「おい近江、先輩にそんな口利いて良いと思ってんのかッ!?」
「だったら少しは先輩らしいことしてくださいよっ!」
 梶木先輩はそれに「何を言ってる。俺以上に立派な先輩がいると思ってんのか」とその自信の源はどこなのか皆目見当もつかないような発言をしたので、ああそうだこの人はこういう人でたぶんこれ以上何を言っても無駄だ、と悟り、さりげなくその手に握られていたクラッカーを抜き取ると、今度は生徒を止めるどころか便乗(もしかしたら言い出したのはこっちかもしれないという可能性すらあるのだけれど)している顧問をじろりと見た。
 彼女はいつもと変わらぬ顔で、
「ちょっと待て、近江。なんで『あんたら』なんだ? 『ら』は要らないだろ」
「自分がどんな格好してるか、わかってて言ってます? まるっきり梶木先輩と同じように見えるんですけど」
 クラッカーといい、そのふざけた帽子といい、あとそれ以上にふざけた思考回路といい…。
 いっそ加嶋冬夜ではなく、この自称立派な先輩と姉弟だと言われた方がしっくりくるほどだ。
「ていうか、なんでクラッカーにその帽子?」
 さすがのイオリもこれは予想外だったらしい。思わず、という疑問に、梶木先輩が過剰な反応を示し、顎を親指と人差し指で挟んでニヤリと笑い(ああなんか腹立つ…)、まるで「よくぞ訊いてくれました!」とでも言うかのようで、実際そう言って、
「ずばり、めでたいことがあった時には暴れろ、だ」
「その明らかに具体性に欠けている説明じゃあ何が『ずばり』なのかもどうしてそういう結論に行き着いたのかも全く理解出来ないんですが」
 しかも結論が『暴れる』なのか。普通に『祝う』で良いじゃないか。何故暴れる?
 そもそもめでたいこと、ってなんだ。
 いつもと違うことといえば、加嶋冬夜がいることくらいなものだが…。何か心当たりはあるかと、彼に視線を送ってみる。二人…というより実の姉に対して呆れを見せていた彼は、あたしの視線に対し、わかるわけがない、とばかりに顔を歪めた。まあ、それはそうか。
「あ、もしかして!」
 ぽんと真奈ちゃんが手を打った。目が輝いている。
「利央さんたちと一緒にいるこの人って、新しい部員さんだったりするんですかっ?」
「違うよ」 「そうだ!」
 異口同音…違う。異口異音? とにかく、正反対の答えを返したあたしと梶木先輩に、真奈ちゃんはきょとんとした表情で、どっちが本当なのだろう、と答案者の顔を見比べている。
 尤も、こっちだってわけがわかってないわけだが。
 自信満々。意気揚々。そんな感じでついでに何故か鼻高々、という様子の梶木先輩。ホント殴りたい。そんな衝動に襲われたものの、それをなんとか堪え、怒りを押し殺し、訊く。
「どういう…ことですか?」
「む、つまりだな。そこの彼は本日より、写真部なのだ!」
 ………は?
 もう一度、加嶋冬夜へ視線を送る。彼も珍しく(というほど長く一緒にいるわけではないが)そのポーカーフェイスを大きく崩し、ぽかんと口を開けて、驚きを隠せずにいるようだった。イコール、つまり、何も知らない、と。
「答えになってないですし。わけわかんないですから。貴方の存在からしてまず」
「…近江、お前今さらっと俺の存在そのものを否定しなかったか?」
「それで、どういうことなんですか?」
「スルーか! おい、先輩に対する態度がなってないぞ! もっとこう、俺を敬うような感じで…むしろ、そう、俺は尊敬に値する人物だということを、その頭に確りと記憶しておくべきだ!」
 ずびしッ、と妙な方向を力一杯指差している梶木先輩には、ひとまず冷たい視線を送っておく。どの口がそれを言っているやら。普段の自分の行動を振り返ってから発言して欲しい。いや、振り返らないような性格をしているからこそのコレか。ある意味個性だ。非常に厄介で面倒な個性だ。どうして琴架先輩がこの人の彼女なのか、やっぱりわからない。
「そんな信憑性の欠片もないことをなんで憶えておかなくちゃいけないんですか。尊敬されたいんなら、それ相応の態度を取ってください、逆井先輩のような」
「キョウは真面目過ぎんだ」
「梶木先輩が不真面目すぎるだけかと。大体―――」
 言い返して、話が逸れていることに気付く。おろおろわたわたと慌てているような怯えているような困っているような後輩の姿が見えて、あたしは、途中で口を噤んだ。つられてなのか、梶木先輩も黙る。
 少し、大人気なかったかもしれない。
「ま、ま、ま、落ち着け落ち着け。こういう時はほら、顧問のあたしが言うべきだからな。任せろ!」
 これを『大人』の基準とするなら、大人気ない、の方がむしろ良いのかもしれないと、そんなことが頭を過ぎったが………説明してくれるのならありがたいのだけれども、まずその妙にハイなテンションが更にあたしを不安にさせる。
 大体この人にまともな説明が出来るのか、という疑問が消えることなくあたしの中に居座って、今一番の不安要素となっていることを、果たしてこの人は解っているのだろうか?

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登場人物

++ 近江利央(オウミ・リオ) ++
 青い空を見るのが夢。面倒臭がり屋だが、苦労性。

++ 久遠イオリ(クオン・イオリ) ++
 利央の幼馴染兼親友。小一からずっと同じクラスという仲(利央曰く、腐れ縁)。面白いことが好き。

++ 加嶋夏夜(カシマ・カヨ) ++
 写真部顧問。男勝りな性格。部室である資料室を占拠している本やら何やらは、大半がこの人の私物。

++ 加嶋冬夜(カシマ・トウヤ) ++
 夏夜の弟で、転校生。空色の瞳を持つ。

プロフィール
HN:
岩月クロ
HP:
性別:
女性
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