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そうしていつか見上げた空が、青く澄んでいると願って。
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 ことん、と前に置かれたカップ。湯気が立って、良い匂いもするのだけれど、どうも手をつける気にはなれない。なんというか、正直に言ってしまうと、居心地が悪い。
 あたし達が座っている場所というのが何しろ、積み上げられた本なのだから、それはある意味当然のことであるわけだけど。
「なに、飲まないの?」
「こんな状況下で悠々とお茶を飲めるほど図太い神経の持ち合わせはありませんから」
 思わず皮肉交じりで答える。
 口調こそ丁寧に言っている(つもり)けど、そこに敬意が払われているかと問われると、答えは否。…ていうかもう、そうすることが馬鹿らしくなってきたというのが本音でして。
 と、そこで自分の前でくつくつとさも可笑しそうに笑う夏夜先生が目に入った。
「何か?」
 変なことでも言ったかな。…いや言ったけど。
 はて、と首を傾げると、
「そっちの子は、どうやら図太い神経を持ってるようだ、って話」
「へ?」
 指差した方向――イオリの方へ目を向けると、
「…なんでそこでお茶を飲めるの?」
「だって飲まないと勿体無いじゃない。利央も飲めば良いのに」
「誰が飲むかッ!」
 叫んだ拍子に、ぐらりと身体が傾く。や、身体が、というよりは、あたしの座っているところの、その積み上げられた本が。なんて不安定なんだろう。こんなところで優雅にお茶なんて楽しめるわけがない。
 はあ~…、と大きくため息を吐くと、
「なに、不満だった?」
「はい」
「慣れれば結構大丈夫」
「むしろ慣れたくないです」
「でも入るなら慣れてくれないとね。ミーティングもこうしてやるんだし」
「冗談ですよね?」
「まさか。ここでアタシが冗談を言うとでも?」
「…いえ、どちらかといえば、冗談だと信じたいというか何というか」
 先生との間で繰り広げられるそんなやり取りに、イオリがふっと笑みを浮かべる。
「なんか面白いわねえ」
「ならいつでも代わってあげるけど?」
 にーっこりと笑ってそう反論してやれば、
「だって私は別に不満じゃないもの」
「~~~~~っ」
 頭を抱え込む。まさか気に入った、とか言うつもりじゃないよね、イオリ? そんな意味を込めて、ちろ、とその顔を窺えば、にい、と何か面白いものを見つけた時の顔をしていて、ああこれ本気だ、とあたしは半ば諦めが入った気持ちで肩を落とした。
「お、じゃあそっちのキミは写真部入ってくれる? いやあ、嬉しいよ。他の子らはさ、この部屋見た途端に踵返して逃げ出しちゃってね」
 じゃあってなんだ、じゃあって。…まあ、イオリのあの顔見て出た言葉なんだろうけどさ。
 ていうか、前の子たちは逃げたんだ。うん、気持ちはわかる。むしろあたしもその中に入りたいくらいなんですが。そもそもあたしは逃げなかったのではなくて、あまりにも悲惨なそれに固まっていて逃げるタイミングを逃したというべきで。
 イオリも最初は唖然としてたのに…。なんで今はそんなに普通に順応しちゃってるのよ。いくら順応性が高いといっても、何もそれを今ここで遺憾なく発揮しなくても良いじゃないか。もっと他に使いどころがあるだろうに!
 はあ、とここに入って何度目かのため息を吐いて、身体の緊張――先生の前だからではなく、単に不安定な足場にいたためのそれだ――を解すように、軽く腕を動かすと、ちょうどそこにあった山に手があたる。
「あ」
 慌てて手を伸ばして、崩れるそれを押さえようとしたのだけれど、無駄に終わり、どざざざざ…と無駄に大きな音を立てて落ちたそれを見て、「あたしってば、今日とことんついてない」と思いながら、倒れたそれを戻すために立ち上がる。
「おー、派手に崩れたわねえ」
 可笑しそうに笑うイオリ。言い返す言葉も見つからず、そのまま放置。
「放っといても良いのに。どうせぐしゃぐしゃなんだし」
 ケラケラと笑う夏夜先生。こっちは言い返してみる。
「確かにこの部屋は物がそこらかしこに放置されてて、その原因はまかり間違ってもあたしじゃないですけど…」
「おい」
「でもこれ崩したのはあたしなんで、これは自分で片付けます」
 それだけ言って、埃まみれの本の山を相手に勝負を挑むかのように、よし、と腕まくりして気合いを入れる。
「てやっ」
 と、まずは崩れた山を持ち上げて、場所を確保。
「なにその掛け声」
 ツッコミを入れたイオリはまたまた無視して、あたしは元の通りにするために、黙々と本を積み上げていく。
 …これで最後だ。そうして、あたしは一冊の本を掴む。そこで疑問。…ん? なんか本から飛び出てる…。なんだろう、と興味をそそられて、確かめるために開こうと、手を掛ける。
「あ、それは…」
「あれ、利央もうすぐだってのに、こんなところで休憩~?」
 何か言いたげな夏夜先生の声に重なって聞こえたのは、からかうような響きを持ったイオリの声。今度はスルーしないで、
「違うッ!」
 はっきりと否定。…や、違わなかったりするのだけれど。慌てて閉じようとして失敗し、本が開いた状態で、あたしの膝に落ちた。…少し痛い。
 あー、今日って本当についてない!
 くすくすと聞こえるイオリの笑い声。むう、と唸りながらイオリを戒めるように軽く睨む。ごめんごめん、と謝るように手を合わせられたけれど、まだ顔は笑っている。…仕方ない、諦めよう。肩を竦めてから、本に目を落とす。
 どうやらこれは写真集だったようだ。ページの半分を使って写真が張ってあって、下にその説明がある、という構成のものだった。

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登場人物

++ 近江利央(オウミ・リオ) ++
 青い空を見るのが夢。面倒臭がり屋だが、苦労性。

++ 久遠イオリ(クオン・イオリ) ++
 利央の幼馴染兼親友。小一からずっと同じクラスという仲(利央曰く、腐れ縁)。面白いことが好き。

++ 加嶋夏夜(カシマ・カヨ) ++
 写真部顧問。男勝りな性格。部室である資料室を占拠している本やら何やらは、大半がこの人の私物。

++ 加嶋冬夜(カシマ・トウヤ) ++
 夏夜の弟で、転校生。空色の瞳を持つ。

プロフィール
HN:
岩月クロ
HP:
性別:
女性
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