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そうしていつか見上げた空が、青く澄んでいると願って。
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 へえ、写真部に関係するものもちゃんとあったんだ、この部屋。
 そんなズレたことを考えながら、本を閉じて持ち上げた――ところで、首を傾げた。
「ん?」
 一枚の紙がひらり、と本の間から抜け落ちたからだ。それを拾い上げる。どうやら、写真のようだった。
「これって…?」
 見慣れないそれに、もう一度、先に傾げた方とは反対に、首を傾げる。それが青い色を帯びたものだとはわかるけれど。…これ、何を撮ったものなんだろう?
「空だよ」
「え?」
 顔を動かして、そう発した夏夜先生を見た。
「これが? だって、青いですよ、これ」
 あたしが空と聞いて想像するものといったら、今も窓から見えるあの灰色の空。振り落ちる雨。それだけだったから。
 これが空なの?…本当に?
 あたしは俄に信じられない面持ちで、まじまじとそれを見つめた。
「へえ…すごいわね」
 いつの間にやらあたしの後ろに立っていたイオリが、そこから写真を見て、感嘆の声を上げた。
「この街の外で取ったものですよね、これって。ここじゃあこんな風に撮れないですし」
 イオリの言葉に、そうだよ、と夏夜先生が答える。
「ま、年がら年中雨が降ってるのなんて、この街くらいだからね。この街出ればどこででも撮れる写真ってわけ」
「そうなんですかっ?」
「そうだよ。…なに、知らなかった?」
 問い掛けに、
「まあ…それは…その…知って、ましたけど……」
 もごもごと言葉を濁す。ずっと雨が降っている街。それがあたしの街。それがあたしの普通。雨が降っているのが日常で、空は灰色なのが正常で。そういう土地なのは自分たちの住んでいるここだけなんだと、いつかの授業で習ったけれど、それもわかっていたつもりでいたけれど、心のどこかでは、それを信じていなかった。
 この灰色の空が、ずっと向こうまで続いていると、どこかで思っていた。
 他の人の空って、他の街に住んでる人の空って、こんな風に『青い』んだ…。
 そのためか。あたしはしばらく、それに魅入られたように、写真から目を離すことが出来なかった。
「それってね」
 自慢げな先生の声。
「アタシが撮ったんだよ」
「そうなんですか。…………ええッ?!」
 嘘だあッ、思わず叫んだ声に、
「嘘じゃないって」
 苦笑交じりの返答。
「利央、それってば、先生に失礼…」
 自分のことは棚に上げて何を言うか。…とはあたしが言えた義理じゃないので、言わないでおくけど。
「でもだって…え、ホントに?」
「ホントホント。…ま、それは良いとして。それ、気に入った?」
 にこ、と笑ったその顔に、こちらをからかうような、馬鹿にしているような、それは見つけられなかった。だから、素直に頷く。
「ビックリ…しました。本当にあるんですね、青い空」
 それに、と心の中で。青い空を、白い雲が漂っているその様。写真に収められたそれ。…上手く言葉にすることは出来ないけれど、すごいと思う。空ってすごく広くって、ここにある写真はそれと比べるまでもなく、とても小さくて、なのに、それが綺麗だと、素晴らしいと、それがわかる。
 強い衝撃を受けた、とでもいえば良いのだろうか? ありきたりな表現しか思い浮かべられなくて嫌になるけれど、たぶん、そういうこと。
「…気に入ったのならあげるよ、それ」
「え、でも」
 それはさすがに悪い気がする。まだ写真部に入ると決めたわけでも…ない、し……。
「良いって。どうせあたしが持ってても、またそこらへんに埋もれるだけだし。それどうせ、失くしたと思ってたヤツだからさ。どうせなら気に入ってくれた人が持ってる方が、それ撮ったアタシとしても嬉しいしね」
「う…」
 この中に埋もれさせたら、たぶんきっと、もう二度とお目にはかかれない気がする。
 それはとても残念だ、と思ってしまうあたり、あたしはこの写真を一瞬のうちで、いたく気に入ってしまったのだろう。
 惚れた弱み、と人間相手なら言うのだろうが、それはこれとは少し…もしくは大分違っていて。…でも、今のあたしの心境を表すとするなら、それが一番適切で、わかりやすいだろうか?
「じゃあ、ありがたく頂きます」
「ん」
 返ってきたのは短い返事。満足そうな笑顔。
 良いなあ、と後ろから聞こえた声に振り向く。イオリが物欲しそうな目でこちらを見ていた。
「…あげないからね?」
「えー、ケチー」
 と言われてもな…。あたしは写真を折らないようにと気を付けながら、鞄に入れる。
「良いわよ。私は自分で、自分の気に入ったものを撮るつもりだから」
 ふん、と拗ねたような態度をとるイオリ。…って、ちょっと。その発言は、つまり…?
「お、それはうちに入部してくれる、という意味だと受け取って良いのか?」
「ええ。…っていっても、本入部はまだ先ですけどね」
 それから「イオリはどうするの?」と訊くような目であたしの方を見る。
 あたしは、
「…………」
 答えが見つからなくて、もしくはそれを表に出すのが何故だか気恥ずかしくて、ふい、と顔を背ける。
 と。空が目に入って、あたしは動きを止めた。
 それは、鞄に仕舞ったあの写真の光景を頭に思い浮かべたから、っていうのもあったのだけれど、それよりも、
「ああ~っ、外土砂降り!」
「えー…うそでしょぉ、この中帰らなくちゃいけないの、私たち」
 嘆く生徒を前に、先生は、
「災難だなあ。アタシは車だ。どうだ羨ましいだろ~」
 …殴って良いかなあ?

 

「うわ、びしょびしょ…」
 玄関で自分の姿を見て、思わず眉を顰めた。とりあえず、この格好で家に上がるのは憚られた。
「もお~、なんでこういう日に限って傘だったんだろ、あたし」
 ああそうだ、今日は荷物が少なかったから、傘を手で持ってくことにしたんだっけ。なんだ、自業自得か、濡れたのは。そう思いながら、ぼうっと自宅のドアを見た。この向こうに広がるのは、灰色の空だ。
 当たり前だけど。なにを今更…ああでも、あの空、あの写真の空、綺麗だったな。
「…あたしでも、撮れるかなあ」
 あんな風に。あんな綺麗に。
 撮れるものなら、撮ってみたいものだ。そう考えて。
 いや、それよりも見てみたい。あの空を。自分のこの目で。その時の感動は、一体どんなものなのだろう。そんなこと、想像してわかるものじゃないけれど。
 何考えてるんだろ、あたし。そう自分を嘲笑してみたけれど、頭に浮かんだそれは、なかなか消えてくれない。
 自分の気に入ったものを撮るんだ、って言ってたな、イオリ。…あたしも、おんなじ? 空を見た。青い空を見た。写真の中だけど。あたしもそれを見てみたいと思った。撮ってみたいとも思った。
「どうせなら自分が遣りたいと思えるとこに入りたい」
 確かそんなことを思った気がする。
「なら、やっぱりあそこしかないん、だよなあ」
 良いと思うところは2,3あったけれど、比べればどちらに気持ちが傾いているか。それは自分にも、わかっていて。
 あの埃っぽくて椅子もない資料室が部室というのを考えると、少し嫌になるけれど。
「お母さん! 判子どこにあったっけ!?」
「ああ、判子ならそこに―――って、ちょっと利央! びしょびしょじゃないの! ちょっと、もう!」

 そこが、あたしの起点。始まり。
 …我がことながら、単純、なのかもしれないけれど。

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登場人物

++ 近江利央(オウミ・リオ) ++
 青い空を見るのが夢。面倒臭がり屋だが、苦労性。

++ 久遠イオリ(クオン・イオリ) ++
 利央の幼馴染兼親友。小一からずっと同じクラスという仲(利央曰く、腐れ縁)。面白いことが好き。

++ 加嶋夏夜(カシマ・カヨ) ++
 写真部顧問。男勝りな性格。部室である資料室を占拠している本やら何やらは、大半がこの人の私物。

++ 加嶋冬夜(カシマ・トウヤ) ++
 夏夜の弟で、転校生。空色の瞳を持つ。

プロフィール
HN:
岩月クロ
HP:
性別:
女性
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