Ａｃｔ.４－８

「はい、利央ちゃん」
「あ。ありがとうございます」
　琴架先輩がにっこりと笑ってコーヒーを差し出してくれた。ありがたく受け取って、ふーっ、と一度冷ますように息を吹きかけてから一口含む。あったかい。いや、なんていうか、ほんと心があったかい。あの二人の相手をしていたので、余計に。じんとくるその温かさと優しさを満喫する。
　前では真奈ちゃんがコーヒーにミルクと砂糖をこれでもかというほど入れていて、その隣で和羽くんが呆れたようにそれを見ている。なんで資料室にミルクと砂糖があるのかという疑問など、とうの昔に捨ててしまった。確かあれは…コーヒーメーカーがなんであるかという疑問を捨てたのと同時期だったような。考えてもしょうがない、という理由で。
「お前それ、よく飲めるな」
「だって、甘い方が好きだから…」
「なら、コーヒー飲むなよ」
「う…だ、だって…琴架さんが淹れてくれたから……」
　尻すぼみになっていく言葉。それと比例して、真奈ちゃんもしゅんとなっていく。それを見ていた琴架先輩も一緒になってしゅんとなって、
「ご、ごめんなさい、真奈ちゃん…無理させちゃったのなら……」
「い、いえ！　だ、大丈夫ですから！　コーヒーは苦手ですけど……で、でも琴架さんのコーヒーはあたし好きですから。それに、ミルクと砂糖たくさん入れたら、ちゃんと飲めます、し」
　慌てて真奈ちゃんが弁解している隣で、和羽くんがぼそっと、「俺なら逆に飲めないけどなこれは」と呟いた。それから、自滅しそうな真奈ちゃんに助け舟を出すように、口を開いた。
「大丈夫ッスよ、枝折先輩。むしろ喜んでるくらいなんスから」
「そ、そうです。そうなんです！」
　肯定するために、ぶんぶんとものすごい勢いで顔を上下に振る真奈ちゃんに、ようやく琴架先輩も安心したようで、それなら良いんですけど、と微笑んだ。
「一年は仲良いわよねぇ」
「だね」
　イオリの言葉に同意する。初めの方はぎくしゃくしていたが、そんなこともなくなったし。まるで昔からの知り合いのようだ。それになんとも微笑ましいし。
「…一年『は』？」
　加嶋冬夜が、怪訝そうな顔をする。ああ、確かにその言い方だと、誤解を招くか。
「あそこは特に、って意味ね。他も仲良いよ。あたしとイオリはこんなだけど」
「あと、三年の先輩もね。あれでいて、結構仲良いのよ？」
「それはなんとなくわかる。けど、なあ…」
　そう言いながら、加嶋冬夜はちろ、とあたしの方へ目を向けた。正確には、あたしの隣へ、だけど。
　それに気付いていながら、あたしは何の反応も示さなかった。もちろん、自分の隣へ目を向けることもしない。したくない。
　………ああ、ほんと平和だなあ。
　あたしはコーヒーを飲みながら、ぼんやりとそんなことを思った。


　そんなあたしの隣で、逆井先輩が普段は見せないような満面の笑顔（ただし眼鏡の奥にある目が全く笑っていない）で問題児（『児』っていう歳じゃないけど）二人から事情を聞いている。あと、説教もしている。割合で言うなら、２対８くらい。説教が多いことは気にしてはいけない。あれはかなり怒っているとみた。ご愁傷様、だ。しかし同情の余地は全くないから、助ける気などさらさら無い。
　夏夜先生は全然堪えていないようで反省の色を見せていないが、梶木先輩は完全に笑顔が引き攣っている。いや、今の逆井先輩の前で笑顔を見せれるのは、ある意味すごいかもしれない。引き攣っているけど。それでいくと、夏夜先生はどうなんだろうとかいう話になるんだけど。
　ま、偶にはお灸を据えるくらいがちょうど良いんだ、この二人には。…それで効果があればますます良いんだけど、ねぇ…。

←BACK　　 MENU　　NEXT→