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そうしていつか見上げた空が、青く澄んでいると願って。
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(調子狂うなぁ…)
 急に呼び方を変えるというのは、なかなかに難しいことらしい。慣れない、というわけではないが、いやそうなのかもしれないが、とにかく妙な違和感が付きまとう。それを面白がる輩がいることが、なにより嫌だ。
 別に、「仲良くなったから~」とかそういうんじゃない。いや最初よりは友好的な関係にはなっただろうけれども。
 フルネームから名前になったのには、わけがあるのだ。あたしには逆らえない、理由が。
 時は遡ること、……なんて畏まらなくたって、普通に言って、あの後、つまり条件が云々の、あのあたり。そう、『あの』後。なんてことはない。…言葉にするなら、の話だが。
 彼はとんでもない『条件』を出してくれた。
 曰く、『フルネームで呼ぶのを止めてくれたら』だそうで。
 誰が、とは言わなかったが、まさしく自分のことだろう。周りはわけがわからない、と言いたそうな顔をしていたが、イオリが瞬時にこっちを見た所為で、聡明な彼ら彼女らはそれが何を指すのか勝手に理解してくれたらしい。どう理解したのかは、怖くて聞けない。とりあえず、梶木先輩と夏夜先生が新しい玩具を見つけたかのような顔をしていたのが気に掛かる。あれはなんだったんだろう。悪寒がしたんだけど…。
 頼みの綱であったストッパー的役割である逆井先輩も、「まあそれくらいなら」とあっさり受諾。新入部員が欲しくない、というわけではなかったようで。
 一対複数。勝てるわけがない。しかも、条件が条件だ。無理難題、というわけではない。それ故に、だ。わざわざ大層な理由を述べて断るようなことが出来ない。ある意味厄介。いやもしかしたら夏夜先生なら勝てるかもしれない。けれど、あたしは夏夜先生ではないのだ。
 結局、白旗を上げた。
 それで、今のこの状況。
 ちょっとばかり後悔。
 彼がどうというわけではない。ないけれど、何故かイオリが楽しそう。むしろ愉しそう…。ことある毎に、その『約束ごと』を引き出させようとしているらしくて、こっちとしてはいい迷惑。
 多分、あたしの反応が薄くなったら、それだってなくなるんだろうけど…。わかっているのに、それが出来ない。ジレンマ。
 まあ、でも、じきに慣れるだろう。そしたら無くなるだろう。イオリのソレも。ただ、また別に何かこっちをからかう要素を見つけてきそうだから怖いのだけれど。
「利央、どうかした?」
 こっちの気持ちも知らずに、いやもしかしたら知っているかもしれないけれど、イオリがこっちを振り向いてにこりと笑った。
「別にどうもしてないよ」
「ふうん」
 そうは見えないけどねぇ、と明らかにこっちをからかっているその言葉(声には出していないけど。でも絶対そんな言葉が裏に隠れていた)に、あたしはもう一度、強調するように「どうもしてないから」と言って、少し歩調を速めた。
 後ろから会話が聞こえてくる。
「冬夜くんはアレ、なんでもないように見える?」
「…………とりあえず、久遠が近江からかってんのは、わかる」
 わかんなくても良いよ、そんなこと。思わずそう口を挟みそうになったけれど、それはぐっと堪えた。なんだか、今わざわざ振り向いて会話に加わるのは、負け、のような気がする。何が勝ちかもよくわからないし、そもそもこれは勝負でもなんでもないんだけど、なんとなく、気持ち的に。
「あは。にしても、近江、ねえ…」
「何?」
「利央が貴方を名前で呼ぶなら、冬夜くんも利央を名前で呼ぶべきなんじゃない? あ、私も名前で良いから」
 イオリも余計なこと言わなくて良い。…良いけど、それは確かに、そうかも。だってこっちだけって、なんか理不尽だ。何が理不尽かも、もうわからない状態なんだけど。
 冬夜は返事をしなかった。どうでもよさそうな顔なのか、それとも困った顔をしているのか、それすらわからない。あたしが前を歩いているから。あたしが振り向かないから。そんな理由だけど。
 今、このタイミングで振り向くのは、なんだか気が引けて。
 ちょうど資料室のドアに手が掛かる距離まできたのに、何故だか妙に安堵した。
 もやもやを振り切るように、ガラッとドアを開ける。
  パアンッ  パアンッ
 二回分の、音。爆音? というか、
「姉貴、それ、クラッカー? 昨日持ってた…でもあれは没収したはずだから……もしかして、また持ってきたのか? つか、何やってんの?」
「親愛なる弟がわが写真部に入部するにあたっての歓迎パーティー」
「新入部員のために、誠心誠意、頑張ってみました、と」
「へえ。それは私的にはどうでも良いんですけど、夏夜先生…と、梶木先輩もですか。そんなことしたら絶対、」
 と、いうか…っ
「利央が怒りますよー…あ、もう怒ってるか」
 なにやらいろいろと言いたいこととか、考えていたこととか、あったんだけど、でも、今はそういうの、いいや。全部後回し。
 とりあえず、
「ふっ………ざ、けんなーーーーーーーーーーーーーッッ!!!」
 あたしは叫んだ。



 一気に騒がしくなった資料室。の前の廊下。
 さすがに自分の手で更に悲惨な状態にすることは避けようとしたのだろう。もしくは、二人の手によって、か。利央は二人を引っ張っていった(その前に一発頭に拳を振り下ろしていたが…身長の差があって、振り下ろす、というよりチョップに近かった)。とても早い。大したものだと、変なところで感心。
「で、」
 したところで、隣の彼に顔を向けた。
「さっきの、返事は?」
「…………」
 彼はまだ、悩んでいるようだった。もしくは、躊躇っているのか。それは気恥ずかしさからくるもののようで、その姿がどこか自分の幼馴染に被る。
 要は、似た者同士ということなのかもしれない。
 まあ、違っているところもあるだろうけど、当然の如く。しかし具体的にそう言える程、彼について知っているわけではない。利央のことにしたって、そう。………これも、当然、だが。
「わかった」
 遅れてきた返事に、イオリは何とはなしに苦笑を灯した。何故だろうか。悩んだ末の結論を、その一言で済ませることに、どこか面白味を見い出したのかもしれないし、もしくはそうではないかもしれない。まあ、どちらでも構わない。
 つられるように冬夜もまた苦笑し、それからふと、資料室前の廊下から響いてくる怒声やら何やらの発生源へと目をやり、
「にしたって…アレ、止めなくて良いのか?」
「ああ、アレ? 良いんじゃない? いざとなったら逆井先輩が加勢するだろうし。そうしたらすぐに終結するだろうしね。とりあえず私たちは……ああ、失礼。私は、ね。少なくとも、私は、見て楽しめれば、それで良いの」
 くすくすと、これ以上ないというほどに楽しげに笑うイオリに、冬夜は苦笑の色を濃くする。
「楽しむ、って……。ま、二人―――あー…いや、少なくとも姉貴は、絶対楽しんでるけどな、あの反応を」
「でしょうねえ」
 知らぬは本人ばかり、とはまさしくこのことを言うのだろうと思いながら、イオリはその光景に目を細めた。
 自分はあと何回、こういう光景を見ることが出来るのだろう。
 そんなことを考えながら。

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登場人物

++ 近江利央(オウミ・リオ) ++
 青い空を見るのが夢。面倒臭がり屋だが、苦労性。

++ 久遠イオリ(クオン・イオリ) ++
 利央の幼馴染兼親友。小一からずっと同じクラスという仲(利央曰く、腐れ縁)。面白いことが好き。

++ 加嶋夏夜(カシマ・カヨ) ++
 写真部顧問。男勝りな性格。部室である資料室を占拠している本やら何やらは、大半がこの人の私物。

++ 加嶋冬夜(カシマ・トウヤ) ++
 夏夜の弟で、転校生。空色の瞳を持つ。

プロフィール
HN:
岩月クロ
HP:
性別:
女性
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