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そうしていつか見上げた空が、青く澄んでいると願って。
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 感傷に浸っていたあたしの隣から、小さな呟き。
「…やべえ。傘持ってない」
 …………は?
 あまりにも有り得ない言葉に、幻聴だと思おうとし、…馬鹿らしくて止めた。ちろ、とおそらくそれを呟いたであろう加嶋冬夜に目を向ける。彼は強く降りしきる雨をまるで親の仇を見るかのような目で睨みつけている。こちらの視線にはどうやら気付いていない。
 ていうか、傘忘れたってなんだ。初めて聞いた、そんな台詞。朝だって雨降っていたはずなのになんで忘れる。有り得ない。本当に。
「…本気で無いの、傘?」
「…………」
 馬鹿にされていると思ったのだろうか(実際少し馬鹿にしてる)、ふいと顔を逸らしてはっきりと肯定はしない。しないが、無言でのその行動は明らかにそうだと言っているようなものだ。
「どうして忘れるのよ。雨なんて、毎日振ってるでしょ?」
「俺はここに越してきて日が浅いから、慣れてないんだ」
 顔がまたこっちを向く。素早い斬り返し。よく見ると眉が少し寄っていて、その言葉はどこか言い訳染みている。それにしてもこの人やっぱりこの街の人じゃないのか、ってそれは今良くて。
「…今日の朝も降ってたはずなんだけど?」
「姉貴に車で乗せてってもらったから」
「それでも雨は、降ってたよね」
「面倒だから良いと思って」
 ………馬鹿?
 さすがのあたしだってどんなに面倒でも傘もしくは合羽は持ってくるぞ。ていうか生活必需品だ。無いと絶対確実に困るっていう代物だ。
 半眼になって睨むと、バツの悪そうな顔でまた顔を逸らされた。
 ていうか、車ってことは、夏夜先生も居たはずだよね。運転手として。絶対に。だったら、言ってあげれば良かったのに。それとも当たり前過ぎてわざわざ言う必要もないと判断したのだろうか。いやでもあの人のことだから、「まあ、いっか」とか思って気付いていても言わなかったということも十分有り得る。
 そこらへんの適当さ加減はまさしく姉弟揃って同じということか。今挙げた夏夜先生の行動は、全部自分の想像だが、まあ基本変わりはないし、おそらく当たっているだろうから、気にしない。
「じゃあ夏夜先生終わるの待ってれば良いんじゃない?」
 せいぜい6時くらいだ。
 そのつもりで言えば、
「今日は遅くなるって」
 …なんてタイミングの悪い。
 ていうか、遅くなるってなんだ。まさか資料室を掃除してるとかはない、よね。昨日散々止めといたんだから、まさかね。何か他に早急に終わらせなくちゃいけない仕事とか入ったんだ。うん、きっとそうだ。
「仕方ないから待つけど。姉貴今資料室?」
「……さあ」
 そうじゃないことを祈りたい。それはもう、心の底から。
「ま、いいや。寄ってみる」
 寄ってみるってどこに? 一瞬で答えが出た。資料室だ。…あの荒らし様まで姉弟揃ってそうだとか言わないよね。まさかとは思うけど。でも、な。
 プリントやらなにやらがそこらかしこに積み上がった資料室の姿が、脳裏に浮かんだ。
 アレ以上酷くされちゃ、困る。
「ちょっ、ま、待った!」
 慌てて呼び止める。加嶋冬夜は怪訝そうに顔を歪めた。何、と小さな問い掛け。大して何も考えずに呼び止めてしまったあたしは、しばらく視線を彷徨わせ、
「ああ、そう。そうだ。あたし玄関に傘も置いてあるから…だからこれ、合羽、貸すよ。サイズも大きいやつだから、大丈夫だと思うし」
「…は?」
 急な提案に、呆けた返事。…なんとなく、自分が何かとても突拍子も無いことを言って相手を困らせているような気がして(実際そうなのかもしれないけれど)、けれど資料室に向かわせないためなんだからと自分に言い聞かせ、色とか云々にしたって別に女物とかそういうのではないから問題ないだろう。
 と、鞄に小さく畳まれていた合羽を突き出した後で、そんなことを考えた。
「だから資料室には入らないでね」
 念のために、釘を刺す。別に合羽を貸す理由を明確にするためなんかじゃない。…いや、その意味合いもあるんだけど。
 何を言っているんだろう、と言いたげな相手の視線。それから何をどう解釈したのか、ああ、という納得したような声を上げ、
「関係者以外立ち入り禁止ってヤツ?」
「……………」
 あたしは何とも言えずに、アハハハ、と引き攣った笑いでそれに答えながら、顔を逸らした。むしろ関係者も立ち入り禁止にしたい気分なのだけど。特に夏夜先生とか夏夜先生とか夏夜先生とか。もちろん他にも居るけど。本当は居て欲しくないのだけど。こっちはあの人相手にしてるだけで手一杯なんだから。
 ―――写真部入部するよう言ってみてよ。アタシから言うのもアレだしさ。
 ふと『あの人』が昨日車の中であたしに向けて、少し照れくさそうに零した言葉が蘇る。アレってなんだとか、そんなことを考えたことを思い出す。………頭の中からそれを振り払った。いくらなんでもそれをあたしに頼むのはお門違いってものだ。

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登場人物

++ 近江利央(オウミ・リオ) ++
 青い空を見るのが夢。面倒臭がり屋だが、苦労性。

++ 久遠イオリ(クオン・イオリ) ++
 利央の幼馴染兼親友。小一からずっと同じクラスという仲(利央曰く、腐れ縁)。面白いことが好き。

++ 加嶋夏夜(カシマ・カヨ) ++
 写真部顧問。男勝りな性格。部室である資料室を占拠している本やら何やらは、大半がこの人の私物。

++ 加嶋冬夜(カシマ・トウヤ) ++
 夏夜の弟で、転校生。空色の瞳を持つ。

プロフィール
HN:
岩月クロ
HP:
性別:
女性
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