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そうしていつか見上げた空が、青く澄んでいると願って。
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 階段を上りきる。資料室は四階の一番端っこという辺境な場所(というのはさすがに大袈裟か)にあるため、来るのも一苦労だ。なにせこの学校、無駄に広いし。あたしは無事に辿り着いたという妙な達成感を味わいながら、突き当りの廊下を右に曲がった…ところで、あれ、と首を傾げた。
 明かりが消えてる。無駄足踏んだな。
 ―――じゃなくて! いやそれもなんだけど、驚いたのはそれだけじゃなくて。
(夏夜先生だよね)
 顔はこちらに向いているが、暗い所為かどうやらこちらには気付いていないようだ。階段上る時にも出来る限り音を立てないようにしてきたから(これには別に他意はない。夜の学校というのが思いのほか怖かったので思わず忍び足になってしまったとかいうことでは決してない)というのも理由の一つかもしれないが。
 ―――いやそこも別に問題じゃなくて。
(…えーと、向かいに立ってる人、アレ誰だ? 男子だってのはわかるけど)
 見たことのない顔だ。…訂正。見たことのない感じがする。夏夜先生と向かい合うように立っているから、顔までは見えない。見慣れないブレザーを着ている。…このあたりの制服じゃない。どこのだろ。
 ちなみにこの学校の制服はセーラー服と学ランだから、ブレザーを着ている時点でうちの学校の生徒じゃないことは明らか。
(転校生かな。でもなんだってわざわざ廊下で? 普通職員室とかさ、そういうとこだよね。…あーでもまあ、応対してるのがあの夏夜先生だしね。………ん? じゃあ一年生?)
 夏夜先生って確か一年の担当だったよね。記憶の奥の方からそんな情報を拾い上げ、ふむ、と唸った。一年なら、あたしとは関係ない、かな。写真部入るっていうのなら別だけど。
 そんなことを考えながら、あたしはただそこに立ち尽くしていた。話に割り込んでまで特別伝えたいことも無い。ただ会ったなら挨拶くらいはしたいけれど、そのためだけに声を掛けるのは少々躊躇われる。かといって無言のまま立ち去るのもなんだし。
 でもだからって話が終わるまで待ってることもないよねえ。うん、よし、帰ろう。行きと同じように足音立てずに。
 そう結論付けて踵を返そうとして、―――タイミングの悪いことに、夏夜先生の向かいに立っていた人物が振り返った。
 短いとも長いともいえない、栗色の髪。空を思わせる瞳。空色の瞳。――空色、といってもこの街の灰色の空ではなく、夏夜先生が撮ったというあの空の青色だ。
 良いなあと一瞬だが思ってしまって、いやいやそんなことは今は関係ないだろうと思考をそこから無理やり引き離し、失礼にならない程度に相手の顔を見た。…やっぱり見たことない人だ。ないのだ、が。
 ―――既視感。
 そう、それは、
「お、近江じゃん。どうしたの」
 びくり、と無意識に肩が震えた。一気に現実に引き戻される。何を訊かれたのか一瞬わからなくなって焦る。少しの沈黙の後、ようやくあたしは口を開いた。
「あ、と……電気が点いてたのが見えたので」
 なんとなく居心地が悪い。しどろもどろに、どうにかそれだけ言い切ると、あたしは口を噤んだ。このままだとどうでも良いことまで話してしまいそうだ。
 夏夜先生がニヤリと笑った。
「ほほ~う。さてはアタシに会いに来たな?」
「や、それはアリエナイです」
 その軽口に、即答する。なんていうか、もうこれは条件反射というか脊髄反射というか…いや脊髄反射はさすがに違うか。でも気分的にはそんな感覚。色々考えていたはずなのに、無意識に口にしていた。
 何故だか急に思考能力が回復した。頭が冷静になる。なんていうか…『いつも通り』だ。そのことに内心ホッとしながら、今度は確りと顔を上げ、意識を現実に集中させながら夏夜先生の表情を窺った。思案顔で眉尻を下げている。
「…なんか近江さぁ、最近容赦ないよなぁ」
「大丈夫ですよ。気のせいではないので」
 大丈夫なのか、と夏夜先生はしきりに首を捻っている。自分で言っといてなんだけど、むしろそれって大丈夫じゃないという部類に入るんじゃないかと思う。いや、普通に考えてそうだ。なんでそこで悩むんだろう。
「それじゃ、俺先帰るから」
「ん? ああ、了解。わかった。んじゃまた後で」
 黙っていた男子生徒が、ぶっきらぼうにそう言った。急に手持ち無沙汰になってしまったためだろうか。だとしたら申し訳ないと思ったけど、表情を見る限りではどうもそうではないようだ。仏頂面、というよりは無表情。ただそこに『面倒くさい』という感情が見え隠れしているような気がする。パッと見ただけだし、しかも暗がりでよく表情も見えないし、それどころか話したこともないので(当たり前)、何に対してのソレなのかは、いまいち判断できなかったが。
 取っ付き難そうな人だなあ、というのが第一印象。あと、先生にそこまでタメで話していいのか、とも。もしかしたら、前から面識があったのかもしれない。いや確実にあるだろうな。夏夜先生の彼に返す言葉にだって、親しみの感情が含まれているように聞こえたし。
 でも…『先帰るから』ってどういう意味だろ。『帰るから』の部分は良いとしても、『先』という言葉が妙に引っ掛かる。それに先生の言い方だとこの後会うみたいな感じだ。
 もしかして、まだ話の途中だったとか? やっぱり邪魔しちゃったのかな。…あれ、でもあの人あたしが立ち去ろうとした時にこっち振り向いて帰ろうとしてたよね。てことは、話はもう済んでるってことで…―――あー、もう。わけわかんない。ダメだ、混乱してきた。
 心の中で頭を抱え込んでいるあたしの横を、彼が通り過ぎた。思わず肩越しに振り返ってその姿を追う。
 あたしが曲がったその角で、同じように曲がる。階段を素早く下りる(だけど急いでいるような感じではなかった)音が聞こえて、やがてそれも聞こえなくなった頃に、ようやくあたしは顔を元に戻した。

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登場人物

++ 近江利央(オウミ・リオ) ++
 青い空を見るのが夢。面倒臭がり屋だが、苦労性。

++ 久遠イオリ(クオン・イオリ) ++
 利央の幼馴染兼親友。小一からずっと同じクラスという仲(利央曰く、腐れ縁)。面白いことが好き。

++ 加嶋夏夜(カシマ・カヨ) ++
 写真部顧問。男勝りな性格。部室である資料室を占拠している本やら何やらは、大半がこの人の私物。

++ 加嶋冬夜(カシマ・トウヤ) ++
 夏夜の弟で、転校生。空色の瞳を持つ。

プロフィール
HN:
岩月クロ
HP:
性別:
女性
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