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しばらく、無言のまま歩く。別に気まずくはない。
耳に入ってくるのは雨の音だ。…また強くなり始めたらしい。あの時に帰っておけば、そう濡れずに済んだんだろうなあ。別に後悔をしているわけじゃあないけれど。
「さあ、て。着いたよ」
「はあ。…あの、ここが、本当に資料室? え、本当、に?」
部屋の中を見渡したイオリが、少し引き攣った顔で呟いた。
あたしも、呆気に取られてその部屋の惨状に、思わず口をぽかんと開けたまま突っ立っていた。だって、これは、あれだ…――なんだこれ。
足の踏み場もないほどに溢れた分厚い本や、そこらかしこに散乱しているプリントの山。壁一面にある本棚には、並べられた本の上に、更に本が折り重なって置いてあるという有り様。これじゃあ確かに資料はあるかもしれないけれど、探すに探せないんじゃないだろうか。というか、もういっそのこと、「物置部屋」とかに改名した方が良いのでは、とさえ思う。
「あの…」
思わず上げた声。しかし続きが思い浮かばずに、口を閉ざした。イオリもこういう喋って欲しい時に限って、閉口を貫いている。
にこ、と夏夜先生が、まるでこの目の前の光景を誤魔化すかのように笑った。
「ま、ゆっくりしていってよ」
「しようと思っても出来ないでしょこれはッ!?」
言ってから、ハッと我に返って、口を手で押さえた。
「あ、いや…す、すみません。思わず本音が…」
「…えーと、それは謝ってるつもり?」
「まあ、一応…。謝ってませんか?」
「むしろ馬鹿にしているようにさえ聞こえるわね」
ボソッとイオリがそんなことを言う。
「ウソ!?」
「ホント」
いや、そんなつもりは…――――少し、あったかもしれない。
「あー、それで」
イオリが困り顔で、夏夜先生の顔を見上げた。
「これ、どうやって進めば?」
「掻き分けていけば良いよ」
「掻き分けるって…」
なんつー適当な。
自分の声から段々とこの先生に対する敬意が抜けていっていることを、なんとなく自覚しながら、まあそれでもいいや、と思えてきたあたり、たぶんもう、心の底からこの先生へ敬意を向けることは出来ないんだろう。…それは悪いことなのかもしれないけれど、何故か、罪悪感も覚えない。困ったことに。
まあ、そりゃあ、厳しすぎたり、一々細かすぎるのもどうかと思うけれど。
だけど、ここまで大雑把というのも、ね…。
この中を歩くというのも気が引ける。あたしは写真部のことについて聞きに来たのであって、決してこの物置部屋の内部がどうなっているかを確かめに来たわけではない。この部屋に入ったって、写真部のことについてはわからないと思う。いや、思うなんて曖昧なものじゃなくて、これは、そう、むしろ、絶対。
大体、どうやってここで招集かけて、ミーティングが出来るんだろう? その日だけ部屋を片付けたりするのかな…。そっちのが重労働かもしれない。むしろ、別の場所を使ってやった方が、断然効率的のような。
それともあれかな、被害を最小限に食い止めるために、この部屋はいわば生贄のように捧げられたのかもしれない。この先生に。
…最後のは、さすがにありえないか。
「けど、貴重な資料を汚しちゃったりしたら大変ですよね…」
なんとか入らずに済ませてしまおうとしたのは、あたしだけではなかったらしい。イオリが、まるでそれを本当に悪く思っているような口調で、「私、そんなことは出来ません」と告げる。…イオリ、演劇部に入った方が良いんじゃない? 十二分に活躍出来ると思うよ、キミなら。
「大丈夫。本当に貴重な物は自宅に保管してあるから」
しかし夏夜先生は、イオリの、その他の人のことを心配する(ように見える)姿にも、さして感慨は受けなかったという様子だ。
ていうか、大切な物はここには置いてない、って。要するに、本当にここは物置きか。
確かここ、公共の機関のはずなんだけどなあ? 公立高校だし。あ、これは関係ないのか。私立だろうが、そこらへんは変わらないだろうし。…そんな『みんなのもの』である学校の一室を、まるで私物のように扱って良いんだろうか。
もしかして、最後の案も、あながち外れていなかったりする…?
………まさかね。
気を取り直して、もう一度。
「でも、他の先生の物をどっかやったりしたら困ります、よねッ?」
「それも大丈夫」
語尾を強めて、確認のように言った言葉にも、夏夜先生はしれっとした口調で、答えた。
「ここってアタシの私室みたいなもんでさ。他の先生はたまぁに来る程度だから」
ああ…。本当に、最後の、当たっちゃってたんだな、自分。
でもどうしてだろう。当たっても、全然嬉しくない。
少し思う。
まだ見学しただけだけど。見学すらまともに出来てないけど。
(来るとこ間違ったかな、あたし…)
…やっぱりあの時帰っておくべきだったか?
でもそれじゃあ、何の解決にもならない、というか、後々自分が困るだけだ。そのことをわかっていながら、そう思わずにはいられなかったあたしを、誰が責められただろうか。
そこまで重要視することでもないのかもしれないという、それはさておき。あたしは、管理が出来ていない所為なのか、単に年季が入っているからなのか、どこか黒ずんだ『資料室』という名を持つ物置部屋の、その天井を仰いだ。
++ 近江利央(オウミ・リオ) ++
青い空を見るのが夢。面倒臭がり屋だが、苦労性。
++ 久遠イオリ(クオン・イオリ) ++
利央の幼馴染兼親友。小一からずっと同じクラスという仲(利央曰く、腐れ縁)。面白いことが好き。
++ 加嶋夏夜(カシマ・カヨ) ++
写真部顧問。男勝りな性格。部室である資料室を占拠している本やら何やらは、大半がこの人の私物。
++ 加嶋冬夜(カシマ・トウヤ) ++
夏夜の弟で、転校生。空色の瞳を持つ。