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―――ザーーーーー…
雨粒が落ちる音が絶えず鳴り続けている。それはあたしにとっての変わらぬ日常。
―――訂正。この頃はちょっと変わったかも。
「せんせぇー」
資料室というプレートが付いたドアを開ければ、建て付けが悪いのか、がらがらがら、と音が出る。あたしの声はそれだけで全て掻き消された。不愉快。開けてから喋ればいいのだけれど、どうもせっかちな性格の所為か、それができない。ああもう相変わらずうっさいな、と心の中で理不尽ともとれる文句を言いながら、目的の人物を捜す。
その姿は、すぐに見つかった。
きちんと整理されたその場所は、埃ひとつない、とまでは言わないが、まあ他の教室と比べて綺麗な方だろう。その場所で先生がコーヒーを飲む姿は、何気に様になってる。…なんで資料室にコーヒーメーカーなるものがあるのかは、長年の謎なんだけど。
「あら、ほんとに来たんだ」
からかいを含ませた言葉に、頬を膨らます。
「来ちゃだめでしたぁ? あたし、このギリッギリの部活の継続に貢献してあげようかなぁ、なんて思ってるんですけどぉ~」
「そんな恩着せがましいのは要りません」
キッパリと言われると、虚勢を張っていた手前、どう続けたものかと、困る。
むにゅむにゅと口を動かしていると、向こうからくすくすという笑いが漏れてきて、あたしは「やられた」と顔を歪めた。完璧に、今のは負けだ。図られた。
「…先生、意地が悪い」
「そんなこと言う子には、これあげませんよ~?」
「わーっ、嘘うそ! 訂正します! 訂正しますからっ!」
ひらひらと先生が軽く揺らすソレが、自分の目的のものだと瞬時に悟る。ちょーだいっ、と手を出せば、先生はやっぱりくすくす笑いながらも、ぽんとそれを乗せてくれた。こういうところで、先生の素直さっていうか優しさ?が滲み出る。
そんなことより、今はこれだ。
にんまり、と唇が弧を描く。
試しに、上の方に掲げて見る。それはあたしの目にとても綺麗に映った。
―――青い空。
あたしの“いつも”を変えたもの。
ほうっと感嘆に息を吐けば、また正面の先生に笑われた。ちょっとムッとする。
「なんですかぁ」
「いや…懐かしいと思っただけ」
「懐かしい?」
どこらへんが?
そう訊こうと思ったけれど、先生の目があまりに優しかったから、なんとなく気が引けてしまって、それ以上踏み込めなかった。
それに気付いたのか気付いていないのかはわからないけれど、先生はそんな目をしたまま続ける。
「そ。………あの頃はまだこの部屋もぐっしゃぐしゃだったなぁ」
「なにそれぇ」
わけがわからない。もっとわかるように言ってほしい。
とはいえそれは、完全に先生の独白であって、あたしに聞かせるためじゃないようだから、仕方ないのかもしれないけど。
あたしはつまらなくなって、何かないかと視線をそこらへ泳がせる。すると、先生の机の上に、綺麗な写真立てに入れられたソレを発見する。
「わあっ、なにこれ! なにこれ! 先生わかーい! あ、今でも若く見えるけどっ! ねえねえ、この隣の男の人って、先生の旦那さん!?」
「え? ああ、うん、そう。旦那」
へえええ。
クールビューティーって感じ! 先生とおんなじ! ああでも、先生見た目に反して抜けてるからな~。この人がしっかりしてたら、それこそお似合いだよね!
…なんて、若干上から目線なのは、あくまで心の中で呟いているから。
「目、空みたい…」
今しがた貰った写真とソレを見比べて、思う。
「そうでしょう? だから先生ね、毎日綺麗な空が見れるの」
自慢げにのろける先生は、でもすごく幸せそうで、
「………いいなぁ」
「ふふ」
「ずるーぅい」
「ふふふふ」
いじけて机に突っ伏すあたしと、笑う先生。そんな変な図ができあがっていた。
「あ~あ」
先生から貰った空の写真をひらひらと動かしながら、ぽつりと呟く。雨の音で全て掻き消されてしまうから、独り言をぶつぶつ言ってる痛い子、には見られない。それだけはこの雨に感謝しなくちゃいけない。
「あたしもあたしだけの空が欲しいなあ」
なぁんて。でもそう思っちゃうのは仕方ないよね。先生がすっごく綺麗に笑うんだもん。憧れちゃうよ。それか、ゴチソウサマデシタ、って感じ?
もー。
…探してみようかな、なんて思ったのは、秘密です!
そうして、あたしは空を見上げる。
灰色の空。灰色の雲。
だけどこの空のどこかに、あたしだけの青い空がある。…はず!
(後書き)
●●年後のお話。
こんな風に受け継がれていくこともあるかと。
++ 近江利央(オウミ・リオ) ++
青い空を見るのが夢。面倒臭がり屋だが、苦労性。
++ 久遠イオリ(クオン・イオリ) ++
利央の幼馴染兼親友。小一からずっと同じクラスという仲(利央曰く、腐れ縁)。面白いことが好き。
++ 加嶋夏夜(カシマ・カヨ) ++
写真部顧問。男勝りな性格。部室である資料室を占拠している本やら何やらは、大半がこの人の私物。
++ 加嶋冬夜(カシマ・トウヤ) ++
夏夜の弟で、転校生。空色の瞳を持つ。