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それにしたって…
「なんだって急に晴れたりしたんでしょ?」
あたしが首を傾げると、
「あー。あれだ、きっと、空の神様の気まぐれだよ」
梶木先輩が適当なことを言っている。でも正直、そうとしか思えないんだけどね。
「利央はそんな難しいこと考えずに、外ではしゃいでれば良いんじゃない?」
「…イオリ、それってもしかして馬鹿にしてる?」
それじゃまるで、あたしは尻尾振って走ってく犬と同じみたいだ。…別に犬が嫌いなわけではない。だけど、犬みたいに扱われて嬉しいはずもない。
「あら、じゃあ行かないの?」
「行くけどね! 行きますけどね!?」
怒鳴りながら、カメラを持って資料室の入り口に向かう。そこで言うべきことがまだあることに気付き、振り向いた。
「良いですか、梶木先輩。絶対に、絶っっ対に、何かを崩したり汚したり壊したりしないでくださいよ!?」
「お前どんだけ俺への信用がないんだ…」
「あると思ってるならそっちの方が驚きなんですが。―――逆井先輩、よろしくお願いします」
「大丈夫だ。俺が出る時に、こいつも外へ持ってくから」
「俺は荷物ですか…?」
「似たようなものです」
「似たようなものだな」
口を揃えてそう言えば、俺は悲しいっ、とかわけのわからないことを言いながら目元を覆っている。それを見たところで同情も何も浮かばなかったので、そのままそこを離れた。後ろから何か喚き声が聞こえた気がしたけど、全部無視。ていうかあたしは聞こえなかったから、うん。聞こえなかったよ、一言もそんなこと。
そんなこんなで一週間とちょっと。
………雨は、降っていない。
ここまで来ると、この状況を楽しむ余裕もなくなってきた。
あれだけ雨が鬱陶しいだの、嫌だの言っていたが、無いと無いで困るのだと、どうしてあたしはいつも、それがなくなりそうになってようやく気付くのだろう。イオリの時だってそうだった。全く我がことながら情けない。
青い空は………見えて、いるけど。
でもそれは、あたしの心を満たしてはくれなかった。
綺麗だと思っても、心のどこかに憂いがあって、素直に綺麗だと口に出来ない。
暗い色の雲はない。落ちてくる雨粒がない。―――それが今、この街で起こっている問題。それによって成り立っていたものが、壊れかけている。今はまだ、大丈夫。だけど、これからは? これがずっと続いたら? そうしたら、どうなるの?
それを思うと、嘆いている人の声を聞くと、この状況を「嬉しい」と思ってはいけないのだと、思ってしまって。
そうすると、今までの自分の思いすらも否定されそうで、怖くなった。あたしがそれを追い求め続けていた気持ちは、その程度のものだったのだろうか。
そうではないと言いたくて。
でもそう言ってしまうと、この状態で困っている誰かに対して、罪悪感が生まれて。それが捨てれなくて。捨て切れなくて。
この空を綺麗だと、この街が青い空に覆われている姿はとても綺麗だと、そう言うのはいけないことなのだろうか? 間違って、いたのだろうか?
思うだけなら許された?
それが実際に起こってしまったら、許されないの?
それならいっそ、起こらなければよかったのに。夢を見ていられたら、そのままそうしていられたら、良かったのに。
………でもそうしたらきっと、あたしはそこで立ち止まっていた。
この街で最初に青い空を見たいんだと、笑って、笑いながら叶わないと知っていて、だから立ち止まって、だから笑って。
そうして、動けずにいたんだ。これまで。
ようやく、起こってくれて、動けた。
でも、それで困っている人がいること、あたしはちゃんと考えてなかったんだ。
いつか思ったこと。
――――気まぐれで、一度くらい。
…本当に。
気まぐれなら、良かったのに。
そんな考えに至った自分を、嘲笑した。
(ほんと、情けない……)
この空の色は、自分がどうこうして、どうにかなるものではない。自分が願ったから、晴れたわけではない。そんな超人的能力なんて持っていない。だから、そうやって悩むことが、そもそもおかしいのかもしれない。
事実、これから先のことを憂いている人もいるが、楽観的にこの状況を見ている人だって多い。
だから、そう考えて、ただ単純にこの空の色に喜んでいれば、良いのかもしれない。
でも結局、自分はどっちつかず。わからないままに、揺れている。イオリの時と、同じ。
…正解がどれかなんて、わからない、けど。
机に突っ伏す。
このままじゃいけないんだって、わかってる。あの時はわからなかったけれど、今なら少しわかるから。このままだとまた心配を掛ける、って。だから、どうにか、立ち上がって、笑わなくちゃ。
笑うために、答えを出すんだ。答えを、出したいんだ。
「利央ちゃん、大丈夫?」
「ん…? あ、ツル。おはよー。あたしは大丈夫だよ」
笑って見せた。ぎこちないけど、でも前より、ずっと、大丈夫。
アレがなかったら、たぶん、あたしはもっと沈んでいたのだろうけど。
「そ? なら良いんだけど…。悩んでるみたいだったし」
「あ、うん。うーん。まあ、ね」
なんて言ったら良いかわからなくて。心配されていることがわかって。それが少し恥ずかしくて、温かくて、ちょっぴり嬉しい。
だけど言う言葉が見つからなくて、また少し突っ伏して、視線を窓の外に向けた。
「あたし…あたしは、今の空、好きなんだけどな……」
ぽつりと呟いた言葉は、彼女の耳に届いたらしくて、
「うん! あたしも好きだよ! 綺麗だもん」
その言葉を屈託なく言える彼女が羨ましくて、それ以上に、自分が綺麗だと思っているものが、同じように人から綺麗だと言ってもらえて、嬉しかった。
「………ありがと」
だから、小さく小さく、呟いた。
それだけで、気分がだいぶ、楽になった。
大丈夫。そう呟く。
あたしはちゃんと、笑えそうだ。
……あたし、少しは成長、出来てるのかなあ?
それなら良いなあ。
++ 近江利央(オウミ・リオ) ++
青い空を見るのが夢。面倒臭がり屋だが、苦労性。
++ 久遠イオリ(クオン・イオリ) ++
利央の幼馴染兼親友。小一からずっと同じクラスという仲(利央曰く、腐れ縁)。面白いことが好き。
++ 加嶋夏夜(カシマ・カヨ) ++
写真部顧問。男勝りな性格。部室である資料室を占拠している本やら何やらは、大半がこの人の私物。
++ 加嶋冬夜(カシマ・トウヤ) ++
夏夜の弟で、転校生。空色の瞳を持つ。