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夜風が心地よい。少しだけ冷たい感じ。
傘は持っていかなかった。《水の都》には、夜に雨が降ることはないから。
星が綺麗に空を飾っている。キラキラ…きらきら………これがもし青くて、白い雲が漂っていたなら、利央も喜んだだろうに。ああ、けれどそれでは、あれか。
彼女にとってのソレは、特別なものではなくなっていた、ということか。
そうならば、ここが《水の都》で良かったと、そんなことを思ってしまう。
青い空なら、ここではない場所で、見れる。
白い雲だって、また然り。
けれど彼女は、どうしてもここでソレが見たいらしい。青い空を一番初めに、自分の目で見るのは、やっぱりこの場所が良い…らしい。
きっと綺麗なんだろうね、と笑う彼女の顔を思い浮かべた。
彼女には告げていないけれど、正直、それは無理なんじゃないかと思う。だって、見えないからこその《水の都》なんだし。
だけど…………期待してしまう。願ってしまう。そうなって欲しい、と。一度くらい、この街が勘違いしてくれれば良い。そうしたら、利央は絶対喜ぶから。
それこそきっと、これまで以上に。今まで見た中で、一番ってぐらいに。きっと。
その時一緒に笑うのが自分なら良いなと思いながら、同時にそれは上手く行かない気もしてくる。…彼のことを、思い出して。
「………………」
まあ、でも、良い。
それでも良い。
彼女が幸せならなんて、そんなありふれたことを考えて、
私は、利央の家の前に立った。
ピンポーン……
インターホンを押すと、中からパタパタと走る音と、はあい、という声。たぶん、美緒さんの。
久遠です、と言うと、どうぞ入って、と返答。
「…………?」
変だな、と首を傾げる。
だって普通―――というか、いつもなら、この場合ドアを開けるのは自分の役目ではない…はずだ。わかんないけど。
まあいっか、と深くは考えずドアを開き、
パアンッ! パアンッ!
「……………は?」
一瞬、ドアの向こうに例の二人がいるのかという錯覚が生まれ、頭を軽く辺りに巡らせて確認してしまったが、どうやらそれは本当に錯覚だったようだ。…代わりに、クラッカーを持ってそこに立っていたのは、利央と美緒さん。
わけもわからず、目を大きくさせていると、にっこりと笑った美緒さんが、
「ハッピーバースデー、イオリちゃん!」
はっぴーばーすでー? え、誕生日? 誰の?
…………。
…………………あ、私のか。
そういえば、今日が誕生日だった気がしないでもない。
「もしかして…忘れてたの?」
「違う。思い出せなかっただけよ」
それを忘れてたって言うと思うんだけど、と利央は呆れ顔で呟く。尤もな言葉だ。私も思った。
「けど…なんで?」
「何が?」
「だから…これ。なんでまたわざわざ」
「それは、」
利央の言葉を引き継ぎ、
「めでたいからに決まってるじゃない!」
美緒さんが腰に手を当てながら、ぐっと拳を握った。この人はいつ見ても面白い。なんだろう…利央をちょっと夏夜先生に似せたような……とりあえず、面白い。クラッカーから出た細長い色紙(なんていうんだろ…?)が肩と髪に引っ掛かってるとことか。利央がさりげなくそれを取ってる。うん、いや、ホント面白いわこの家族。
「美緒、利央。そこに立ってたらイオリさんが入れないよ?」
後ろから利央のお父さん…利幸さんが出てきて、苦笑交じりに言った。
「いつまでも玄関に立たせておくつもりでそうしているなら、別に良いんだけど」
「あら、そんなわけないじゃない!」
むう、と美緒さんがむくれて、私の方を見る。どういうわけか、その瞬間にパッと表情が変わって、それはもう満面の笑みという感じで、私を迎え入れてくれた。
「さあどうぞっ! ケーキもあるのよ~」
何故か私よりも嬉しそうに。
祝い事とか好きそうだものね、とそんな風に勝手に解釈して、勝手に納得。靴を揃えて、「お邪魔します」と一言言ってからその後ろに続いた。と、ててっと利央が小走りにやってきて隣に並ぶ。
「イオリ、誕生日おめでと」
さっき言えなかったことを気にしていたのだろうか、そんなことを一言。気恥ずかしいのかなんなのか、よく見なくても、顔が赤いことがわかる。
「あ、麗香さんも仕事終わったらそのままこっち来るらしいよ」
「母さんが? へえ、そうなんだ」
ってことは、あれか。この計画を知らなかったのは、私だけってことか。まあ、こっちを驚かそうとしてのことなら、それは当然だろうけど。
もし私に予定があったらどうするつもりだったのだろう? ひょっとすると、そこらへんのことは全然考えていなかったのかもしれないと、どことなく嬉しそうな美緒さんや、必死に仏頂面を作ろうとしている利央を見ながら考えた。利幸さんにしたって母さんにしたって、皆どっか抜けているところがあるから。
もし予定が入っていたら、どうしていたのだろう、私は。………きっと先約の方を断ってこちらに来ただろうなあ、となんとなく思った。そういえば、去年もこんな感じだった。もしかしたら、無意識に入れないようにしていたのかもしれない。
リビングに入ると、まずケーキが目に入った。ご丁寧に蝋燭(ろうそく)まで立ててある。えっと…いち、にい……わ、年齢分あるよ、蝋燭。
「私が作ったの、このケーキ」
美緒さんがふふんと胸を張って言った。
「あと、利央も手伝ってくれたの」
「…苺乗せただけなんだけど」
ふふふ、と首を右に傾げて笑う美緒さんに、利央もまた首を右に傾げた。『手伝った』といえる程ではないと考えてのことなのだろう。
「麗香にも手伝ってもらったのよ」
「…そうなの?」
ふふふ、と首を左に傾げて笑った美緒さんに、利央は首を左に傾げていた。思い当たらないらしい。
「えっと…蝋燭を買ってきてくれたっけね」
利幸さんが、助け舟を出すと、そうそう、と美緒さんが頷いて、
「本当はもっと手伝ってもらおうと思ったのに、気付いたら居なくて…」
少しだけ悔しそうな顔をした。
要するに逃げたのね。
料理からっきしだものね、母さんは。
++ 近江利央(オウミ・リオ) ++
青い空を見るのが夢。面倒臭がり屋だが、苦労性。
++ 久遠イオリ(クオン・イオリ) ++
利央の幼馴染兼親友。小一からずっと同じクラスという仲(利央曰く、腐れ縁)。面白いことが好き。
++ 加嶋夏夜(カシマ・カヨ) ++
写真部顧問。男勝りな性格。部室である資料室を占拠している本やら何やらは、大半がこの人の私物。
++ 加嶋冬夜(カシマ・トウヤ) ++
夏夜の弟で、転校生。空色の瞳を持つ。