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彼女のその行動を理解した者は、おそらくいなかっただろう。
「利央ちゃん…?」
ハッと、ようやく我に返った先生が、戸惑い気味に、名前を呼ぶ。それに対し、彼女は本当に不思議そうに、先生を見上げていた。
彼女は床に座っていた。
『私』の隣に座っていた。
………やっぱり、全然わかってない。
彼女の座る場所は、『私』の右隣から、左隣に変わっていて、――――変わっていたのは、それだけだった。
「だって、こっちはダメっていったから」
そういう問題じゃない。
かなりの屁理屈だ、それは。尤も、『私』も彼女も、当時『屁理屈』なんて単語自体知らなかったけど。
「だ、だからね、利央ちゃん」
「…せんせー、しつこい」
「しつ…っ?!」
いきなりの児童の暴言に、先生はかなりのダメージを喰らったようだった。
「しつこいひとはきらわれる、ってテレビでいってた」
一体どんなテレビを見ちゃってるんだろうこの子、と先生は思ったことだろう。『私』も思った。
「りお、せんせーきらいになりたくないよ」
じゃあならなきゃいいじゃん、テレビしんじなきゃいいじゃん、と思ったけど口には出さなかった。要するに、当時から私は捻くれていたってことだ。つまるところ、利央と先生のやりとりは傍目から見ていれば結構面白かった。
そもそも、なんでこの子は言いながら今にも泣きそうになっているんだろう。というか、本当に泣き出しそうだ。泣き出さないようになのか、必死に目を吊り上げているみたいだけど、でもたぶん時間の問題。
先生もそれはさすがにマズいと思ったのだろう。あわあわとしている。面白…否、大変そうだなあ。
「イオリちゃんもいいっていってるもん」
いってないよ、と『私』はすかさず口を挟んだ。…つもりだった。つもりだったのだけど、何故だか『私』の首は、勝手に頷いていた。
それに対して先生が、何かを言おうと(何を言おうとしたのかは、未だにわからない)口を開いて、少しの間そうした後に、口を閉じてふっと微笑った。
「そう…なら良いけど」
「うん。ならいいの!」
先生の口真似をして、えへへ、と目尻に涙を溜めた瞳を細めた。嬉しそうに、嬉しそうに。
…どうして、そんなに嬉しそうなんだろう?
『私』にはわからなかったけど。
私にもわからなかったけど。
「ねね、おえかきしよー」
きっと、その時にはもう、どうでもよくなっていたんだ。私も。…『私』も。
「…なにそれ」
「よつばのクローバー! みつけるといいことあるんだって。でもみつからないから、かくの!」
「………それ、いみあるの?」
「わかんない。けど、きっとあるよ」
彼女が笑った理由は、知らなくても…わかんなくても、良い。大切なのは、彼女が笑いかけてくれたということで。
手を、伸ばしてくれたということで。
嬉しかったんだろう。きっと。
欲しかったんだろう。ずっと。
温かな、手。
無条件で、差し出される、その手が。
泣きそうになっていたのは、目尻に涙まで溜めて、それでも必死に我慢していたのは、本当は『私』だったから。
差し出された手を握る。初めて目の前に出されたソレに、怯えながら。
そうすれば、彼女は笑ってくれたから、それで良いんだと、思った。
触れた手は、何よりも温かくて。
『私』は…私はいつだって、その手の温かさを忘れることはないだろうと、思った。
++ 近江利央(オウミ・リオ) ++
青い空を見るのが夢。面倒臭がり屋だが、苦労性。
++ 久遠イオリ(クオン・イオリ) ++
利央の幼馴染兼親友。小一からずっと同じクラスという仲(利央曰く、腐れ縁)。面白いことが好き。
++ 加嶋夏夜(カシマ・カヨ) ++
写真部顧問。男勝りな性格。部室である資料室を占拠している本やら何やらは、大半がこの人の私物。
++ 加嶋冬夜(カシマ・トウヤ) ++
夏夜の弟で、転校生。空色の瞳を持つ。