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「ねえ、叶一君」
「なんだ?」
二人して、目の前のソレから目を逸らすことなく、話す。
「どうして利央ちゃんの敬語が抜けて、鎮君が敬語になっているんでしょう?」
「それは…………どうして、だろうな」
おそらく馬鹿の方は、本能的にそうしているんだと思うが。命の危険を察して。
そうは思ったが、口にはしなかった。
「ああ、でも………」
ふと、琴架は表情を曇らせた。
「…楽しそうですね」
私も入りたいです。
「………そうか?」
間違っても楽しそうではないと思うが。
―――――まあ、良いけどな。
少々…否、かなり騒がしいが、もしかしたら、このくらいがちょうど良いのかもしれない。
この騒がしさは、確かに煩いが、嫌いではない。少しの間失われていたソレが戻った直後だから、そう感じるだけなのかもしれないが………でも、そう感じること、それがつまり、そういうことなのではないか、と思う。
「さて、そろそろ止めてやるか」
それも、騒がしさの中にある自分の役目だから。
いつかのようだと思った。
いつかも、こんな風だった。
走っていった彼女の後に、二人取り残されて。
顔を見合わせ、笑った。
それからふと、真面目な顔する。
「お前さ、知ってたろ?」
主語の無い質問を浴びせる。それでも通じると思った。そしてそれは当たっていたようだ。
「ええ」
悪びれもなく即答するイオリの姿は、冬夜の顔に若干の呆れを生み出した。気を取り直すように頭を軽く左右に振る。
「…話した時から?」
「勘違いしていることは、ね」
「………?」
どういうことだ、と訊く代わりに、眉を寄せる。
彼女は笑顔のまま、少しだけ顔を歪ませ、
「あそこまで悩むとは思ってなかったの」
「…………」
「不謹慎だけどね、それが嬉しいとさえ思ったの」
「………嬉しい?」
思わず訊き返す。
「ええ。それって、私と離れるのは嫌だって、思ってくれたからでしょう?」
「それは…当たり前じゃないか? 親友なんだろ?…親友なんだ、って、アイツ言ってたし、な」
利央に言った言葉と同じ言葉を、その彼女の親友へと向けた。
当たり前ね…、とイオリは反復し、
「その当たり前のことでも、時々無性に不安になって信じられなくなることもあるのよ」
困ったように笑って、それから、
「でもま、ちゃんとわかったわよ、今回のことで。そういう意味では良かったのかもね」
それを吹き飛ばすくらいににっこりと、笑みを顔に広げた。
「…………アイツにとっても」
「ん?」
「良い機会だったんじゃないか? 当たり前、について考える」
視線を彼女に向け、少しだけ目を細める。イオリも同様に、その視線を辿って彼女を見た。逆井による仲裁によって幾分か落ち着きを取り戻したらしく、二、三何かを口にすると、小走りでこちらに戻ってきた。
「イオリ!」
「なあに?」
「なあに、じゃない! わかってたんでしょ、そうでしょッ?! ホンットにもう……」
そこで利央が言葉を切った。
何か迷うように、言葉を探すように、ゆっくりと口を開く。真っ直ぐ、イオリを見て、
「まあ、わかってたけどね。なにせあたしたち、腐れ縁、だし」
その言葉に、きょとんとイオリは目を瞬かせた。しかしすぐにフッと、いつものようにどこか含みを持たせた笑みを浮かべ、
「どうだかー」
利央をからかった。
「ほ、本当なんだからねー?!」
「アハハッ、大丈夫よー、利央。私はちゃんとわかってるわ」
「全然わかってないような気がする。ていうか、わかるの方向性があたしと著しく違うような気がする」
ていうか、その「わかる」発言を、ちょっと前に別の誰かからも聞いた気がする。
言うと、ちろりと某副部長を一瞥し、うー、と唸りながらイオリを睨む利央。
そこに、というかさ、と冬夜が口を挟んだ。
「向かいに引っ越して来たんなら、普通わかるもんじゃないか? 何度か視察にも来てるだろうし」
「………あ」
「そういえばそうね。私も来たわ、何度か」
「え……?」
そういえば、というわりにイオリの表情は然程驚いているようには見えない。…これも気付いていたんだろうか。対する利央は全く気が付いていなかったようだけど。
ついでだからと、もう一つの疑問を口にする。
「というか、なんで蕎麦、ここで食べてんだ?」
これだけ引っ越し祝いと称して皆が集まったのなら、普通はその引っ越したヤツの家で食べると思う。なのに、なんでここ?
うーん、とこれにはイオリも首を傾げ、
「なんでかしら? うちの母親と美緒さん…つまり利央のお母さんなんだけど、二人とも仲良いから」
だからじゃない?
「だからって…それとこれとは話が別だよっ?」
「でも私の家、まだ荷物片付けてないから」
「だから! それとこれは別問題でしょ!?」
なんでイオリの家が片付いてなかったら場所があたしの家に移るの!? と涙が溜まった目尻を吊り上げた。
「まあまあ。細かいことは気にしちゃダメよ、利央。大人になりなさい」
「さもあたしが悪いような言い方してるのも気になるけど…まずこれはそこまで細かいことじゃないと思う」
幾分か低くなった声。その主の肩にぽんと手を置き、冬夜はゆるゆると首を左右に振った。
「…落ち着け、利央。たぶん言っても無駄だ」
「無駄だとしても言わなくちゃ気が済まないこともあるよね…?」
まあそれは…、と冬夜の目が一瞬、ひたすらに蕎麦を食べている実姉の方を向き、
「…………あるけど、な」
ふと遠い目をした。
++ 近江利央(オウミ・リオ) ++
青い空を見るのが夢。面倒臭がり屋だが、苦労性。
++ 久遠イオリ(クオン・イオリ) ++
利央の幼馴染兼親友。小一からずっと同じクラスという仲(利央曰く、腐れ縁)。面白いことが好き。
++ 加嶋夏夜(カシマ・カヨ) ++
写真部顧問。男勝りな性格。部室である資料室を占拠している本やら何やらは、大半がこの人の私物。
++ 加嶋冬夜(カシマ・トウヤ) ++
夏夜の弟で、転校生。空色の瞳を持つ。