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それだけで終わったなら、まだ少しは感動的だっただろうと、後からちょっと思った。
目の前では、引っ越し祝いと称した蕎麦が、何故だか知らないがあたしの家の食卓の上にこれでもかというほど盛られていて、しかも何故だか知らないが写真部メンバーが勢揃いしていて、ついでにあたしの家族(当然。だってここあたしの家だ)と向こうの…つまりイオリの家族(といっても、母子家庭で兄弟もいないので、イオリとそのお母さんの二人だけなのだけど)もいて、全員が全員立ったまま(行儀が悪いが、これは席がないためなので仕方がない。それ以前の問題である気もしないでもないが)お椀と箸を持って、蕎麦をつついている。
向こうで、母親同士がなにやら楽しげに談笑している。
聞き耳を立ててみた。
「いや、良かったわ。美緒の家の近くに越してこれて」
「いえ、こっちこそ。イオリちゃん確りしてるから、利央も任せられるし。それに家が近いと何かと便利だものねえ」
「そうね。私も仕事で遅くなっちゃうこと多いし、そうしたらイオリ一人だからね。ちょっと心配だったのよ」
「それはそうね…高校生だけど、やっぱり心配よね。ああ、それじゃあ、夕食は一緒にっていうのはどうかしら」
「あら、良いわねぇ。美緒の手料理楽しみにしてるわ」
「ちょっと、麗香も手伝いなさいよ?」
「ええ、洗い物だけなら」
……………。
え、なにこれ。
ちょっと待って。え? なに。だって…………え?
ぐるぐる、ぐらぐらと頭の中がわけのわからない疑問に支配されている。混乱が渦巻いている頭が、ひどく重い。
誰かあたしがわかるように現状の説明を……って、ああ、ダメだ。まともに説明できるヤツなんていない。いや、いる? どっち? いやもうこの際誰でも良いからとりあえず説明を………。
「……あー。利央、大丈夫、か?」
「とっ……どういうことなの、ねえ、どういうことよこれ」
胸倉を掴み顔を寄せ、凄味を効かせた顔で睨む。完璧な八つ当たりだとはわかっているが、こうでもしないとやっていられない。
そしてその被害者は、視線を辺りに彷徨わせながら、
「その、俺も…わからないんだが。いや、なんとなくわかってはいたんだけど、な……本当にそんなことあったらアイツ、お前よりずっと沈み込みそうだし………だから…でも、確証なかったし…」
それに言おうと思ったら梶木先輩たちが…、と告げられた言葉に、あーそういえば何か言おうとしてたっけ、とその時のことを思い出した。なんというタイミングの悪さ!
「あーら、ホント仲良いわね~」
心底愉しげな声。
「…………イオリ」
「ん?」
悪いともなんとも思っていない様子の彼女に、軽く殺意を覚えた。
「そ、そもそもアンタがちゃんと正確に物を言えばこんな悩むことには……」
「え、なに? 悩む? 何を?」
「それは!…だからっ、その……えーと」
言う? 言える?
………言えるわけない。
たとえ相手がわかって言っているんだとしても、いやそれなら尚更、言いたくない。
絶ッッ対、楽しんでた、コイツ! 人が悩んでるの見て楽しんでたんだ!!
ああ、道理でなんか愉しそうだと思ったのよ。その所為で更にこっちは悩んだっていうのに、なんって理不尽なんでしょうか。本当、こっちの身にもなって欲しい。だってもし最初からわかっていたら、先輩達に心配掛けることだって―――――………ん?
心配?
うん、心配。
していたはずだよね。
でも…………知ってたから、あんなに用意周到にお菓子なんかを持ち込んで、騒いでるんだよね(注・菓子を持ち込んでいるのは当然ながら約一名のみです)。
つまり、何、あたしだけなの、知らなかったのって? いや、この宴会は冬夜も知らなかったらしいけど……違う。問題はそこではなくて。そこも問題なんだけど。
まず、
………心配? してた?
…………知ってた、のに?
「……………………」
……………あたしが知らないってことも、知っていたのに?
「り、利央…?」
「あらやだ。本気でキレてる?」
そんな言葉が耳に入ったけれど、冷静に考えてみれば元凶は彼女なんだけど、
「―――ッンの…馬鹿副部長ーーーーーーーーッ!!!」
とりあえず、叫んだ。
「うおッ?! なんだ、近江、騒がしいぞッ?!」
「騒が…貴方に言われたくないです! じゃなくて、ていうか、し、知って、知ってたんですよね!? そうなんですよね!?」
「へ、え? な、なにがだ…?」
「イオリの、引っ越し! 引っ越し先がここ…あ、あたしの家の向かいだって!」
「え? あ、おう…」
「で、あたしがそれを知らなかったことも知ってたんですよね?!」
「う、うん…? ちょ、待て。なに。知らなか………え? あ、知って……――――おお。い、いやいやいや、知らなかった、知らなかったぞウン」
「…知ってたんです、ね?」
「…この蕎麦美味いな」
「わかりやす過ぎる話の逸らし方をするなーッ!」
「イダダダダダッ、いやマジ勘弁ってか俺はちゃんと言おうとしたんだぞッ、でも言おうとした時にお前もう大丈夫そうだったから良いかなって思ったんですってば!」
++ 近江利央(オウミ・リオ) ++
青い空を見るのが夢。面倒臭がり屋だが、苦労性。
++ 久遠イオリ(クオン・イオリ) ++
利央の幼馴染兼親友。小一からずっと同じクラスという仲(利央曰く、腐れ縁)。面白いことが好き。
++ 加嶋夏夜(カシマ・カヨ) ++
写真部顧問。男勝りな性格。部室である資料室を占拠している本やら何やらは、大半がこの人の私物。
++ 加嶋冬夜(カシマ・トウヤ) ++
夏夜の弟で、転校生。空色の瞳を持つ。