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「それじゃあ、また明日。さようなら」
さようなら、と全員で復唱して、解散。授業から放課後への切り替えは、本当に一瞬だ。
だいぶ慣れてきた高校生活は、けれどまだ中学校の頃の癖が抜けきらない。なんだか無駄に疲れる。
(早く家に帰りたい。帰って休みたい)
そんなことを考えながら、意識して外の音を聞く。
ザーッ、と耳につく――けれど生まれてからずっとこの街に住んでいるあたしにとっては、この音はもう至って普通のものだった――音からして、今日の雨足は相当強いらしい。
顔を上げて、窓から外を見る。ほらやっぱり。予感的中。
うわあ、と周りから上がった呻き声は、きっとこれを見た所為だろう。かくいうあたしも、そんな声が出かかっていた。結果的には無理に押し殺して、出さなかったけど。
傘を忘れたー、とかいう声は一つもない。当たり前。毎日毎日、太陽が沈むまでは止まない雨。
そんな《水の都》に住んでいる者たちが、傘という必需品を忘れるはずがない。
いや、むしろ傘じゃない。合羽の方が主として用いられる。かなり気分屋なこの雨模様。行きはパラパラとしか振っていなかったのに帰りはドシャ降り、なんてそう珍しくもない。そんな時に傘を差して歩くなんて無謀も無謀。
机の中に入っている教科書類を適当に鞄に詰め込む。鞄の口を閉めて、それから忘れ物がないかという確認のため、手を机の中に入れ、軽く動かす。
かさ、と紙が手に触れる感覚。引っ張り出してみた。
仮入部届、と書かれたその紙。少し端が折れ曲がっているけど、気にしない。このくらいきっと、問題ないだろうし。
(ああそういえば、こんなものあったっけ…)
すっかり忘れていた。
自分のことだというのに、まるで他人事のようにそう思った自分を自覚し、思わず苦笑。それから目をその紙のへと落とした。内容に軽く目を通す。
そろそろこれも決めなくては。期限は確か…明後日、だったか。
部活は全員強制だから、どこかには必ず入らなくてはいけない。どうせ入るなら、自分が遣りたいと思えるようなところが良い。けど、そもそも入る気がないあたしに、それを求めるのは酷というものかもしれない。
これは一応『仮』だけれど、それでもその重要度はさほど変わらないんじゃないかと思う。大多数が、この仮入部で希望したところに、本入部も決めるのだし。
さてどうしたものかな、と首を捻っていたあたしの手から、横から伸びた手が素早く動き、仮入部届の紙を奪った。あたし視点からいうと、そう、『奪われた』。
「あ~、私これまだ決めてないのよねえ。利央はもう決めたの?」
あたしの手から抜き取ったソレから目を離さずに、そう問いかけた金髪碧眼の少女――久遠イオリ。あたしのクラスメイト。それから腐れ縁で幼馴染、親友でもある。何をどう間違ったのか、幼稚園からずっと一緒。
幼稚園からずっと一緒ということはつまり、小学校も同じなわけで。中学校もまた然り。みんな一緒。
ぶっちゃけ、『一緒』というのがその程度だったら、誰もそこまでは驚かないわけだ。だから問題なのはそこじゃない。
つまり、『一緒』なのは、学校単位ではないということで。
じゃあ何なのかというと、塾とか習い事とか、そんな答えを返す…わけじゃない。たぶんきっと、それよりもっとすごい。そうそういないと思う。そう、つまり…クラス単位で一緒。
9年間――今年を含めると10年か――ずっと同じクラス、という意味だ。幼稚園を数に入れると、それ以上になるけど。
これを腐れ縁と言わないのだったら、一体全体、何を以って腐れ縁と言うのか、とまで思う。
ああ、そう。ちなみに利央というのはあたしのこと。
近江利央。
それがあたしの名前。
++ 近江利央(オウミ・リオ) ++
青い空を見るのが夢。面倒臭がり屋だが、苦労性。
++ 久遠イオリ(クオン・イオリ) ++
利央の幼馴染兼親友。小一からずっと同じクラスという仲(利央曰く、腐れ縁)。面白いことが好き。
++ 加嶋夏夜(カシマ・カヨ) ++
写真部顧問。男勝りな性格。部室である資料室を占拠している本やら何やらは、大半がこの人の私物。
++ 加嶋冬夜(カシマ・トウヤ) ++
夏夜の弟で、転校生。空色の瞳を持つ。