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「……………」
「……………」
無言だった。あたしは合羽を差し出した格好で。彼はそれをジッと見ているという状態で。
いい加減、上げた腕が疲れてきた。取るなら取る、取らないなら取らないでハッキリして欲しい。…いやどうせならもうこの際借りてって欲しい。じゃなきゃなんであたしこんなことしてんだか、わかんなくなる。
ていうか、通行人、いや廊下歩いてる人を通行人と呼ぶのかはわからないが、とにかく今は誰も現れないで欲しい。そう思った矢先だった。
「何してるのよ、廊下で突っ立って」
「……イオリ」
あたしだって別に好きでこんなことしてんじゃない、と目で訴えてみる。訴えたところで、彼女の目に映っていたのは呆れではなく「面白いものを発見した」というようなどこか浮き浮きと楽しげな顔だったので、意味はないだろうが。…いやあった。なんか、余計に可笑しそうな顔してる。正直とても腹が立つ。
「そんな怖い顔しないのー」
「してない」
「してるしてる、こんな顔」
そう言って、イオリは両手で目尻を吊り上げてみせる。
ぷっ、と吹き出すような息が目の前の彼から漏れた。じとりと非難めいた視線を送ると、
「………悪い」
確実に悪いとこれっぽっちも思っていないような声だ。震えてるし。肩も。…口元を手で覆っているからわからないが、確実にそこには笑いが浮かんでいるのだろうとなんとなく思った。
「あらお二人さんいつの間にそんなに仲良くなったので?」
茶化すようにイオリが言う。同様に彼女も笑っていた。
「なってないッ! ていうかどこをどう見たらそうなる!?」
「りーおー。それってちょこっと失礼」
イオリが戒めるかのように、ついつい、と人差し指でさりげなく加嶋冬夜を示す。そっちの方が失礼なんじゃないかとは思ったが(そして仮にあたしの言動が失礼にあたったとしても、それは全く関係ないって顔をしているイオリが発端だ)、本人はそれに気付いても別段気分を害したようでもなかったので、あたしはそんな彼を一瞥すると、すぐイオリに向き直った。
「大体どうしてイオリがここに、」
「あ、そういえばねえ、今夏夜先生が資料室に用事があるからとか言ってたんだけど」
「…………」
一瞬、思考が停止する。固まって、固まって、固まって、―――それってやばいんじゃ、とようやく出てきた言葉がそれで。
「なんで?!」
「さあ、なんでだろ。訊いてないからわかんないけど」
「~~~~っ、あの人あたしが昨日あんだけ言ったってのになんでまたこういう時だけそう…ッ」
胸の前で作った握り拳が無意識に震える。
「イオリッ、あたしちょっと用事できたからあとよろしく! あと…えーと、加嶋冬夜?」
「なんでフルネーム?」
そう訊いたのはイオリだったか当の本人だったか、その時はわかんなくて(後で思い出そうとしてもやっぱりわからなかった)、だとしても別にそれはスルーしたので問題ではなかった。
合羽をどうしようとか話し合ってる場合じゃない。元々、あれは話し合いとは呼べなかったけど。
「とにかく使う使わないは別としてとりあえず受け取って明日返してくれれば良いからそれじゃ!」
一気にそう言いながら合羽を彼に押し付け、資料室に向かう。廊下は走っちゃいけません、とかいう張り紙が視界の端を掠めた気がしたが、気のせいということにしておく。
最優先順位は、夏夜先生。もしくは資料室。あるいはその両方。とにかく、あれ以上汚されたら………冗談じゃない。考えるだけで嫌になる。
それ以外のことは頭になくて、その後二人が何を話していたのかなんて、あたしは知らない。
………どっちにしろ、あたしには関係ないだろうし。
++ 近江利央(オウミ・リオ) ++
青い空を見るのが夢。面倒臭がり屋だが、苦労性。
++ 久遠イオリ(クオン・イオリ) ++
利央の幼馴染兼親友。小一からずっと同じクラスという仲(利央曰く、腐れ縁)。面白いことが好き。
++ 加嶋夏夜(カシマ・カヨ) ++
写真部顧問。男勝りな性格。部室である資料室を占拠している本やら何やらは、大半がこの人の私物。
++ 加嶋冬夜(カシマ・トウヤ) ++
夏夜の弟で、転校生。空色の瞳を持つ。