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そうしていつか見上げた空が、青く澄んでいると願って。
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「なんか、ようやく写真部が戻ってきたって気がするな、これ見てると」
 思わずといった茜の言葉に、真奈はくすくすと笑う。
「そうだね。こっちの方がずっと良いな」
「………だな」
 顔を緩め、そう言って、
「ところで、」
 視線が隣に並ぶ真奈の手元に移った。
「それ………なんだ?」
「何、って…蕎麦だよ?」
「それはわかってる。俺が訊いてんのは、そっちの液の方」
 どう見たって、自分が持っているソレとは、違いすぎる。………色が。
 しかし当の本人は、そのことを全くといっていいほど気にしていないらしく、ああこれのことか、と微かに笑みさえ浮かべながら、
「うずらの卵たくさん入れてもらったの」
 語尾にハートマークさえ付きそうなくらいご機嫌に、言った。
「たくさん、ってどのくらい…?」
 知りたいような、知りたくないような…微妙な心持のままとりあえずそう口にする。
 すると、
「えと………………五個? それとももっと…だったかな?」
 とんでもない答えが返ってきた。
「………お前が食べたいのはなんだ? 蕎麦か? それとも卵の方か?」
「? あたしが食べてるのは蕎麦だよ?」
 何を言ってるの、と言いたげなその顔を見、なんだかなあ、と思いつつも、それ以上追及するのは止めにした。
 少し前…そう、昨日までは、隣にいる彼女も、だいぶ沈んだ顔をしていた。誰か、につられて。この部における『彼女』の存在感はすごいんだな、と改めて考えさせられた。
 だけど、
 だから、
「頼むから、からかうのは自粛してくんないかな…」
 それにつられてとんでもなく沈んでしまうやつがいるってこと、『あの人』、ちゃんとわかってるんだろうか? いや、わかってるんだろうな。わかっててそれでもやっているんだろうな。
 非常に厄介だ。
 ある意味、あの副部長よりも、ずっと。
 はあ、とため息を吐くと、不思議そうな顔をしている真奈に、なんでもない、と笑いかけた。
 こっちだっていろいろ大変だったというのに、『あの人』は何故だか笑っていた。
 いつものどこか何かを含ませた、あの笑いに、少しだけ、嬉しそうなソレを入れて。


「ま、家族ぐるみの腐れ縁なんだもの。諦めなさい」
「諦められるかッ」
「あら嬉しいわ。そこまで私を想ってくれるなんて」
「いつ誰がそんなことを言った?」
「今さっき、利央が」
「………っだからどうしてそういう…」
 余裕綽々で笑みを浮かべるイオリに、意味がないとわかっているのに突っ掛かる利央。
「あらあら、やっぱり仲が良いわねぇ」
「そうね。でも麗香、なんだか誰かを思い出さない?」
「…………誰を?」
「貴女と私、よ」
「……………」
「……………」
「この蕎麦美味しいわぁ」
「そうね…」
 がっくりと肩を落としたその姿は、確かに『誰か』を想像させて、
「やっぱり遺伝かね」
「――――っ?!」
 ビクッ、と突然掛けられた言葉と、これまた同様に突然肩に置かれた手に、冬夜は身体を大きく震わせた。
 それから、じとりとした目をそちらに送る。
「いきなり出てくるな」
「良いじゃないか、姉弟水入らず、楽しもうじゃないか~」
「…酔ってるのか?」
「ん、そんなことはないぞ」
 何故そんなことを訊く、というその言葉には答えずに、冬夜は一人納得した。この人はこういう人だった、と。つまり、いつも酔っ払ってるような、そんな感じ。実の姉とはいえ、どうにもこのテンションにはついていけそうもない。
「で、どう思う?」
「…何が?」
 いきなり振られた話題に、流石に対応出来ず訊き返す。
 すると夏夜は、ついとその細い人差し指を、まずは娘二人に、次に母二人に向け、何度かその間を往復し、
「遺伝?」
「知るか」
 今度はその意味を理解し、即答した。つれないな、という言葉は聞かなかったことにしておく。
「………まあでもあれだな」
 早々に気を取り直したらしい夏夜は、パッと冬夜から離れると、腰に手を当て、周囲を見渡し、満足気に笑った。
「これで活気がまた戻ってくる、てな」
「………………」
「ん? なんだその嫌そうな顔は?」
「正直者なんだよ」
 しかしそう言った後に、目はある方向に向けられ、ふと優しく細められた。
 すぐに消えて、しまったが。
 誤魔化すように、視線は別の方に向けられた。
「蕎麦、取り行く。考えてみれば、全然食べてないからな。…俺は」
 言外に、「アンタは食べたけど」という言葉が入っている気がしてならない。おそらくそれは正しいのだろうが、それについては綺麗サッパリ聞かなかったフリをして、そうだなー、と答えた。
 やれやれ、と呆れた表情をした冬夜は、山盛りにされた(既に半分以上が誰かかしらの胃に収まったようで、量は最初よりも随分と少ない。それでもまだかなりあるが)蕎麦に向かって歩き始めた。
 その後ろ姿を少しの間眺める。それから先程彼が見ていた方を―――騒がしく、だからこそか、どこか誰もが嬉しそうにしている、そんな光景を視界に収め、ぽつりと、それこそ誰の耳にも届かないほどの音量で、呟く。
「…正直者、ね」
 本当に、本当に、嬉しそうに。
 それもすぐに、消えてしまったが。
「よーっしゃ、蕎麦食うぞーッ!」
「姉貴はもう十分に食べてるじゃないか…」
「おわっ、先生まだ食うのか? それじゃ俺も負けないようにしなくちゃな!」
「わ。鎮君すごいです。頑張ってくださいっ」
「いっそ負けて良いぞ? それと枝折、馬鹿を煽るな」
「あ、わ、私も食べますっ。えと…すみません、卵まだ残ってますか?」
「まだ入れる気かお前…」
「はい、卵ならここにたくさんあるわよ~」
「そうなの? なら私も貰おうかしら」
「あら、なんかものすごい勢いで蕎麦がなくなってるみたいね…?」
「って、そういやあたしまだ一口も食べてないよ!?」
 代わりに聞こえるのは、心地の良い喧騒。

 一度離れて、ようやく解る。
 当たり前で大切な日常の意味を。
 

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登場人物

++ 近江利央(オウミ・リオ) ++
 青い空を見るのが夢。面倒臭がり屋だが、苦労性。

++ 久遠イオリ(クオン・イオリ) ++
 利央の幼馴染兼親友。小一からずっと同じクラスという仲(利央曰く、腐れ縁)。面白いことが好き。

++ 加嶋夏夜(カシマ・カヨ) ++
 写真部顧問。男勝りな性格。部室である資料室を占拠している本やら何やらは、大半がこの人の私物。

++ 加嶋冬夜(カシマ・トウヤ) ++
 夏夜の弟で、転校生。空色の瞳を持つ。

プロフィール
HN:
岩月クロ
HP:
性別:
女性
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